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透明な甘味料

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全てが終わった後、私達は別々の施設に引き取られることになった。
彼女と私の間の物理的な距離は電車で30分。それほど遠くも無いが、決して近い距離とは言えない。それでも、彼女とは定期的に連絡を取り合っている。
私はもうサッカーを止めてしまったが、彼女はまだ続けているらしい。
なんだかんだで一番お父様に対する執着心が強かったのは他でもない彼女だ。
それを抜いたってボールを追い汗を流す彼女の姿は誰よりも綺麗で、私はとてもとても好きだったから、彼女がサッカーを続けている事を聞いた時には心底安堵した。


透明な甘味料


「……自分のことを棚に上げてよく言うな」
「うーん、それを言われると、ね……」

彼女の責めるようなその言葉から逃れるように、視線をテーブルの上に乗っているキャラメルマキアートへと移す。
いつの間にか春から初夏へと移り変わっていた季節。
薄いレースのカーテンから差し込む強い日光がグラスの中の氷を貫く。
融けた氷がバランスを崩し、ストローを動かす前にカランと軽快な音を立てた。
私のグラスの中身はもう殆ど残っていないのに対し、彼女のグラスに入っているソイラテはまだ半分以上残っている。

(やっぱり、まだ克服出来てないんじゃないの)

甘い物が好き、というよりも苦い物が駄目な彼女がソイラテなんて頼むのは少しばかり違和感があった。
別の物に変えるように提言もしたが大丈夫だからと押し切られて……その結果がこうして案の定二進も三進もいかない様子になっている。
少しばかり不機嫌な彼女の様子も、目の前のこれも一端を担っているのだろう。――だからココアかチャイにしなよって言ったのに。
ふう、と溜息を吐いてカウンターからこっそりと持ってきていたシロップを彼女のグラスの前に置く。
彼女はシロップと私の顔とを交互に見比べて、笑いたいのを無理に不機嫌な風に装って先程よりもずっとぶっきらぼうな口調で私に言葉を掛ける。

「なによ」
「苦いんでしょ?」

彼女の視線が手元のソイラテに移る。
水滴滴るグラスにコースターがぺっとりと机に張り付いていた。

「……ありがと」
「どういたしまして。あ、あと二つあるわよ?」

手持ちのシロップを全て机に出すと彼女はやっと素直に笑って、そんなにはいらないわよ。と言った。
言いながらも彼女の手は二つ目のシロップに伸びている。ああ、これは結局3つとも使うんじゃないかしら。

「ねえ、貴女は本当に、もう……」
「やらないわ」

言葉を遮って、きっぱりと断る。
彼女は少しだけ声のトーンを落として「そう」と一言だけ呟いた。
シロップを二つ入れたソイラテをカラコロとストローで掻き混ぜて口付ける。
ゆっくりと上下する彼女の細い喉元。少しばかり苦味を感じて眉根を寄せる顔を見て、ああ、やっぱり。と思う。
あと一つ。シロップを差し出そうと手を伸ばすと、彼女から低く声が掛かった。

「……ねえ、キーブ」

久しぶりに聞いた、その名。

「それでも、私は貴女のこと、キーブって呼んでいいかな。サッカーが無くなって、生活する場所も離れて……このままじゃ私達、ずっと遠くなってしまう」

シロップに触れた指先。彼女……ウルビダは、その指先を包むように、手に彼女の掌を重ねる。

「貴女にとって、わたしは特別でいたい」

元エイリアの皆はもう、例外なく本来の名前で呼び合っている。
お父様に付けられたとは言え、当然、愛着のあるのは本名の方で。
ニックネームに使うにしてもエイリアネームは目立ちすぎる。
それでも、私と彼女を繋ぐそれは唯一無二の――

「分かったわ……ウルビダ」

彼女の手の甲に自分の左手を乗せる。
きゅっと握られた指先は窓から差し込む日差しよりも段違いに暖かい。
サッカーは、もうやらない。
それでも、彼女との絆まで断ち切る必要なんて、何処にも無いはず。

「キーブ」
「ウルビダ」
「ふふっ、キーブっ!」
「ウルビダー!」

確認するように一通り呼び合って、彼女は嬉しそうに笑う。
きちんと指を絡ませて、手を繋ぎ直す。中学生の女子同士。この位なら誰も変には思わない。
ウルビダは絡ませた指先にさり気なくキスを一つ落とし、上機嫌のまま残り一つ、透明なシロップを残り半分になったソイラテにとろりと入れた。

作品名:透明な甘味料 作家名:桐風千代子