二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
轍 きょうこ
轍 きょうこ
novelistID. 1480
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

鋼鉄製パペット

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
「ポアロはもう人々に必要とされていません」
 事件を解決してからはや二ヶ月。
 まーたポアロの悪い癖が始まったとミセス・レモンは肩を竦め、ヘイスティングスはとりなすように苦笑した。
 この二ヶ月の間、ポアロにきた依頼ときたら浮気調査だの失せ物探しだのつまらないものばかり。
「私はそろそろ引退する時期なのかもしれません。世の中は平凡な出来事で溢れています。溢れすぎているといっても良いでしょう」
 興味をひかれる事件がない状態が続くとしばしばポアロは引退を仄めかした。
 最初の頃こそ驚いたものの、もはや恒例行事になりつつある。
 ポアロの食指を動かす事件はそうそう起きないのだ。
 それでもポアロが本気で引退する前には何か必ず事件が起こり、あるいは巻き込まれるのだから世の中うまくできている。
 だからヘイスティングスはいたって気楽にポアロの言葉をいなしてみせた。
「なに言ってるんですか。すぐ次の依頼がきますよ。ポアロさん好みのね」
「分かっていませんね、モナミ」
 ポアロはいつものようにヘイスティングスをモナミ―――わが友と呼ぶと、思慮深げな眼差しでヘイスティングスの手前の虚空を見つめた。
 まるで目を合わせたくないのを誤魔化してるみたいだ。ヘイスティングスは思った。どうしてそう感じたのか分からない。
 その間にもポアロの言葉は続いていた。
「私は単純で、ありきたりで、杜撰で、子供じみた事件を求めているのではないのです。いいですか、私が求めているのは、この灰色の脳細胞を刺激してくれるものなんですよ」
「そんなことよく知ってますよ。ポアロさんと一時間でも一緒にいれば分かることじゃないですか」
「いいえ分かっていません。重要なのはここからです。殺人事件など世間にはあふれていますが、私の脳細胞を働かさなくてはならないほど、人殺しを計算する人間はそうそういるものではないんですよ」
「そうですか? 僕が記憶している限り、ポアロさんが一定期間以上そういった事件に携わっていなかったことなんてありませんよ」
 ポアロがいなければ無実の罪で死刑台に送られた人間も、残酷極まりない犯罪を犯しながら左団扇で暮らす犯罪者も、少なからずいただろう。
そうした現場に立ち会うたびヘイスティングスは思わずにはいられないのだ。彼は探偵だと。
 当たり前の事実を口にしたヘイスティングスに、ポアロは目を少しだけ細めた。
 それはヘイスティングスが何か浅慮な物言いをしたときにポアロが見せる表情によく似ていた。

「今までがそうであったからといって、これからもそうであるなんて保証はどこにもないんですよ」

 ポアロは視線を窓際に向けた。
 雑踏にはたくさんの人が。店の中にも、そして世界中のあらゆる人を見通すような瞳でポアロはもう一度告げる。

「ポアロはもう、人々に必要とされていません」
 聞きなれたはずの言葉が今更になって重く響いた。



「―――でね、どう思いますかジャップ警部。ポアロさんは探偵を辞めるつもりだと思います?」
「気のせいかもしれんですがね、ヘイスティングス大尉。私はつい三ヶ月前にも似たような台詞を聞いたような気がしますよ」
日がな一日中犯人を怒鳴りつけていればこうなるだろうな、というしゃがれた声でジャップは答えた。
「違うんですよ、ジャップ警部。今度のは違う気がするんです、今までのものとは。…もしかしたら今度こそポアロさんは本気かもしれません」
「本気で探偵を辞めるつもりですと?」
「はい」
 ヘイスティングスは生真面目な顔で頷いたが、警部は皮肉に唇を歪めただけだった。
「あなたがどうしてそんな危機感を覚えたのかは知りませんが、それはありえんことでしょうな」
「どうしてそうまではっきりと断言できるんです?」
 まるで己よりもジャップ警部のほうがポアロのことを理解しているように思えてヘイスティングスは勢い込んで尋ねた。
 気色ばむヘイスティングスに、どうもこうもないとジャップは肩をそよがせた。
「ポアロが探偵でなくなるのは無理だからですよ。探偵であり続けることで、彼がどんな屈辱を受けてもね」
「…………」
「ポアロの憤りも分からんわけじゃない。興味惹かれる事件がなくなる度に引退すると騒ぐこともね。
 探偵なんてのは学者と一緒で、名乗ればそれで終わり。それがそいつの職業になる。探偵になるのに資格なんて必要ありませんからな」
「つまり?」
「世の中無能な探偵が溢れているってことですよ」
 浮気調査に失せ物探し。ポアロならまず引き受けないような依頼を遂行し、大きな事件が起これば解決した後で犯人当てをする。
 ポアロがいうところの灰色の脳細胞の働かせ方を知らない連中が実に多い。
「ポアロのような本物はほんの一握りだ。実際私が知る本物はポアロだけだ」
 ジャップ警部があまりに率直にポアロを褒めるので、ヘイスティングスは」まじまじと警部のしかつめらしい顔を眺めた。
 珍しいこともあるものである。
「だが、世間は探偵という生き物を知らない。探偵といわれて想像するのは、真っ先に思い浮かぶのは、愚にもつかない迷探偵どものことであって、本物ではない。ポアロにとってそれは許しがたいでしょう」
「…………」
「ポアロは自分の優秀さを自覚しておりますからな。自分が無能ではない真なる探偵であると世間に知らしめるには、誰もが解けない謎を解いていくしかない。そうでなければ、誰もがポアロを他の偽者と同じに扱うでしょうからな」
 ではやはりポアロは探偵を辞めるのだろうか。
 それはヘイスティングスにとってもっとも現実味の無い話であるのだが。
 ジャップ警部が言うように、ヘイスティングスはポアロが探偵でなくなってしまうことに危機感を覚えている。焦燥感といってもいいかもしれない。
 ポアロは名探偵である。
 それは彼にとって純然たる事実であり、常識であり、そして変な話だが支えでもあった。
 そのポアロが探偵でなくなるかもしれない。
 現実味のない話のようで実に、不安を煽った。
 ヘイスティングスがどことなく青い顔をしているのに気づいているのかいないのか、警部はあっさりした口調で続きの言葉を言った。
「しかしですな、ポアロがその事実をいかに疎んじたとしても、やはり私はポアロさんが探偵を辞めるとは思えませんよ、先ほどから言ってる通りにね」
「なぜです?」
 その時のヘイスティングスは実に情けない表情をしていたと思う。すがりつくような顔を。
 そんな彼を半ばからかうようにジャップは自らが感じた自らの考えを告げる。
「私は名探偵たる者は生まれたときから探偵なのではないかと思っとるんですよ」
「――へ?」
「つまり、ポアロが名刺に探偵と綴ることがなくなり、新聞で引退を表明したとしても、彼は探偵だと思いますね。人が生まれたときから人であったように。ポアロが探偵でなくなることは無理です」
 今までとは違った意味で、その言葉の最後の一言がはヘイスティングスに響いた。
「……それが警部の自信の根拠ですか」
 警部はカップを軽く持ち上げて肯定を示して見せる。
作品名:鋼鉄製パペット 作家名:轍 きょうこ