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永遠

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腕の輪郭をたどり、行き着いた手に、ゆっくり指を絡ませた。陽に焼けた色からは想像がつかないほどに、その肌はひやりと冷たい。夜とはいえ部屋に充満する熱気はたしかに夏のものであるはずなのに、総司の手は、無機質な感触を繋いだ指先に伝えてくるばかりだ。

「土方さん……」
「しおらしい顔なんて、お前らしくもねぇ」

土方は気づかれぬよう息をつき、そこに座れよと、腕を誘った。もう何度も繰り返してきた、ふたりの日常だ。誘われるまま膝をつき、むかいあう姿勢で座り込んだ総司は、強張った表情を穏やかな笑顔へ変える。腐れ縁と悪態をつく間柄ゆえ、本人に告げたことなどなかったけれど、総司のこの顔が、土方は好きだった。

静かな笑みを浮かべ、総司は土方の向かいに座っている。緊張感のないくつろいだ姿勢も、じゃれつくように重ねられる手も、なにもかも変わっていない。
けれど彼から伝わる気配は、かつてが陽とするなら、今は暗い陰だ。
だってそうではないか。総司は笑うとき、眉を顰めたりしなかった。笑いが引っ込んだ瞬間、泣き出しそうな顔をすることだってなかった。こんなに……、肌が冷たくもなかった。



夜な夜な総司が部屋を訪れるのを、当たり前のこととして受け入れるようになってから、もう、十数日になる。おかしな病状が出たのは、池田屋に討入りした、すぐ後の事だった。
あの日総司は血を吐き、倒れた。あたりに散った血飛沫に、斬られたのかと一瞬肝が冷えたが、命に別状はないと町医者から告げられ、土方はほっと安堵の息をついた。

見立てに間違いはなく、やがて総司の顔色は回復し、隊務にあけくれるようになるまで、さほど時間はかからなかった。ただ、倒れたあの日から、総司に不自然な行動がちらちら見え隠れするようになった。

食欲がないとぼやき、代わりにやたら湯飲みに手を伸ばす。いくら飲んでも喉の渇きが癒えないのだと言う。食事が喉を通らないなら、と、用事ついでに土産を買い、部屋に呼んでもみたが、ひとめで菓子とわかる可愛らしい包みにも、まるで関心を示さない。
総司以外の隊士であるなら、さもありなんと思えるが、妓相手に駄菓子を買いに走るような、あきれた嗜好を持つ男なのである。どう考えてもおかしかった。

何か変だということは総司も感じているらしく、しきりに首を傾げている。けれど本人にもわからないものを、土方がわかろうはずもない。
どうしようもないまま時が過ぎたある日、また、総司は倒れた。再度受けた診断は、今まで耳にしたことのない、奇妙なものだった。

総司の身体を蝕んでいるのは、治す薬すらない奇病だった。血流が鈍り、体温が下がり、やがて心臓が止まる。ものを口にせずとも命に関わることはないが、飢餓感は絶えず続き、生き血を吸えば飢えは和らぐが、今度は吸われた者に、奇病は伝染する。

打ち明けられたとき、土方は無言で頷き、みずから衿をくつろげた。ああ、血を求めてよばれたのだと、そう思った。けれど総司に嘆願されたのは、即物的な「血」ではなかった。

「触れたい……」

ずっと前から想いを抱えていたと、掠れた声で告げ、肩を引き寄せられる。抱きしめられ、息遣いさえ聞こえる距離まで近づいて、土方はふと、拘束してくる腕が震えているのに気づいた。

こんなに切羽詰った総司の顔など、今まで一回だって見た事はなかった。今はまだ、総司の身体はあたたかい。けれどやがてその熱も、なくなってしまうというのか。
震えの解けない腕を撫でてやると、土方も総司の背に腕を回し、小さく頷く。
触れたいというなら触れればいい。真っ先に求めてくれるのが自分であることが、嬉しかった。

「ごめんね」
「……何で謝るんだ」
「病を触れるダシにしたら、土方さんは断れないでしょう」

土方に肯定されたことで幾分落ち着いたのか、総司の声にくすりと苦笑が混じる。いつもの調子に戻った総司に安堵し、土方からも力が抜けていく。そのまま身体を預けてしまおうかと思ったが、当たっているようで外れてもいる総司の言葉を訂正すべく、顔を上げた。

「それが理由なら、謝る必要なんかねぇ」

総司の向けてくれた想いを、土方は知っていた。わからないはずがなかった。何かと理由をつけては触れてくるし、視線を感じて振り返れば目が合う。応えれば共に堕ちる……、それを恐れ、気づかぬ振りをしていただけだった。



あの日から、総司は度々部屋にやってくるようになった。触れるのを口実に身体を重ねることもあったが、肌の熱恋しさに、単に触れあって朝を迎える、そんな日の方が多かった。額に落ちる髪を払われるのに顔を上げると、空いた手を顎に添えられ、ゆっくりと確認するようにたがいの唇をあわせる。

生き血を啜る代わりに触れて飢えを癒したいのだと、総司は言った。それをより強く実感するのが、口づけのときだった。遠慮がちに唇を重ねているのは最初だけで、誘うように舌を絡めると、今度は噛み付くように激しく吸われる。
吐息すら飲み込もうとする強引さがもたらすのは、息苦しさと、奇妙な快感だった。

「……総司」
「何です?」
「ガキの体温みたいだな」

口づけをとき、ココが、と、土方はいたずらっぽい表情で総司の頬を手の甲で撫でる。総司の身体は日に日に冷たくなっていく。今日も、前触れたときより冷たくなったような気がする。けれどまやかしのようだけれど、触れている間だけは熱い気がするのだ。
総司の手が首筋を愛撫し、衿の奥へと入りこみ、肩の輪郭を辿り降りてくる。はだけた素肌に感じる冷たい感触など、あっという間に火照りに変わった。今感じている熱は、総司の肌に伝わっているのだろうか。もしも伝わっているのなら、伝わったまま留まってはくれないだろうか。

総司の肌を冷たいと感じない身体になりたかった。いつからか、この首筋に総司が歯を当ててくれればと願うようになっていた。

「出来るわけないじゃないですか。そんなの、無理ですよ……」

血をやるくらい構わないのに……、無意識に出たらしい土方の囁き声に、総司は驚いたように眼を見張り、次いでゆるゆると首を振った。土方はじれったさに総司の首に軽く歯を立て、浮き立つ首筋を甘噛みする。と、その瞬間、ぎゅっと強く抱きしめられた。土方は噛み跡のついた箇所を、今度は癒すように舌を這わせる。

「土方さんっ、くすぐったいですって……」

「お前となら、堕ちてもいい」

我慢できなくなったのか、身じろぎをし笑いを漏らす総司を無視し、土方は真剣な顔を向けた。堕ちたなら、もう、総司の伸ばす手の冷たさに震えることはない。
耳に吹き込まれた誘惑の言葉に、背に回したままの総司の腕が、びくりと強張る。布越しにも冷たいその腕の体温に、ますます共にありたいと思った。思うままにここを噛み、飢えを満たしてくれたらいいのにと。

土方は行き場をなくし逡巡していた手を、総司へと伸ばす。そうして、総司の頭を首筋に導くよう、ゆっくり抱きこんだ。
作品名:永遠 作家名:みお