ラブレター
確かに、私も少しばかりきつく当たってしまったな、とは思っております。
ええ。頑固爺だとも思っていますよ。本当に反省だってしています。
でも、仕方がないじゃありませんか。ほら、言うでしょう。年を取ると頑固になるって。私、あなたよりずっとずうっと年寄りなんですよ?時々あなたはそのことをどうもお忘れでいらっしゃる。この間もあんまりあなたががっつくからあのあと三日も腰が痛くって大変だったんです。……でも、これは今は関係のないことですね。これはまた今度改めてお説教です。
いいですか?私はあなたのことが心配だったのです。
アーサーさんは、とても責任感が強くて、真面目な方だってこと、よく存じております。そして、それは間違いなくあなたの長所です。けれど、あなたは加減を知らない。お仕事ならばそれも仕方のないことかもしれませんね。私が口を挟むことではないですし。大体、確かにあなたが仰るとおり、私たちは国ですからね。多少無理をしたところで死にゃあしません。私に会うために、何日かほとんど寝ずにお仕事をなさっていたとしても。
でも、お仕事を離れてしまえば、…アーサーさん、あなたは私の恋人でしょう。そして、私もただのあなたの恋人の、本田菊です。それならば、恋人として、あなたのお体の心配をすることくらい、許してください。まったく、“なんともない”だなんて馬鹿にしているにも程がありますよ、まだまだもうろく爺なんかじゃありません。あなたの様子がいつもと違って、顔色が悪くて、そのご立派な眉毛が少し元気がないみたいってことを、私が気付かないとでも?舐めないでください。戸を開けて、あなたを一目見た瞬間、すぐに分かりました。
ああ、また思い出したら腹が立ちます。私の不甲斐なさと、あなたの駄々っ子ぶりに。
約束していたお食事も、映画も楽しみにしていました。そりゃあそうでしょう。私が、あなたのために予約して、チケットもご用意していたのです。“俺だけ楽しみにしてたみたいだ”だなんて、酷いです。誠に、遺憾の意ですよ。
でも、普段ツンデレなあなたがちょっとだけ赤い目をして素直に“楽しみにしてたのに”だなんて、やっぱり可愛らしかったですけどね。正直萌えます。
……なんだか何を伝えたかったのか、分からなくなってきてしまいました。
私、本当に怒っているんですからね?
あなたが休んでいるこの間、私、ぽちくんとお買い物に行きました。あなたの好きな献立の材料を買いに。映画の代わりに、あなたの観たがっていたDVDだって借りてきました。あと、特別に、高いお酒も。お風呂だって、沸かしています。
聡明なあなたなら、どうしたらいいのか、分かりますね。
起きたらすぐに、私のところへ来なさい。
布団はそのままでいいです、寝癖がついてても、よだれのあとが残っていても構いやしません。すぐに来なさい。
私のために無理をしてくださったあなたに、早くお疲れ様でした、を言いたくて、優しくして差し上げたくて、たまらないのです。
私は、本当に怒っているんですよ。
今すぐに来なさい!
最後の一文を読んだ後、便箋を握り締めて殆ど条件反射みたいに起き上がった。
どうしたらいいんだ。顔がにやける。我ながら現金すぎやしないか。意地を張って申し訳なかったと思う。でも、それよりも嬉しさが大きくてどうしようもない。
数時間前に無理矢理押し込まれた布団は指示通りそのままで、勢い良く襖を開けた。ふわりと漂ってくる肉じゃがの匂い。きっと食事の支度をしているだろう菊を抱きしめるためにキッチンへ走る。廊下を走るな、とか言われそうだがまあいい。今日なら許されるに違いない。
なんて伝えようか。
俺こそ悪かった?手紙ありがとう?機嫌なおせよ、…それとも。
「菊、は、ハグ、してやってもいいぞ!!」
キッチンに着くまでの僅かな時間じゃ気の利いた台詞は全く思い浮かばなかった。思いっ切り天邪鬼な台詞に本気で自己嫌悪だ。
なのに菊は“可愛いらしい人”なんて言いながらすっげえ嬉しそうに俺の腕の中に納まってくれた。自分からすすんで、だぞ?そういう菊こそマジでやばいくらいに可愛かったから、何とか今ので問題なかったんだろうな、うん。