青空監獄SS LAZY SLEEP
中2の主張。
いつの間にやら鍵の吹っ飛んでた屋上で顔を合わせ始めたのは今年春。
実は同じクラスだった野田は少しずれた真っ直ぐな人類だ。
今だって。
「で?」
「だって、戦争とかキガとか」
世界は随分病んでいて。
「で?」
「寝てらんねえ」
「ほう」
そう言って煙を吐き出し見上げる青空。この国は一応平和。
「寝ないから」
「そ」
「頑張るわ、俺」
「はいはい」
そんな会話が今週火曜日。金曜久しぶりに話したクラスの女が言うことにゃ。
「ねえ、本当?」
あたしが知るか。
「さあ?」
「だってねえ…?」
「ねえ」
仲いいじゃん、とにやにや。そうなの? へえ。
知らん。
廊下で後姿の奴を見た。フラフラフラフラ危なっかしい。
一人で屋上でフカす。空は、青い。
週があけた。
久しぶりに見かけたと思ったら、馬鹿だ。青空の下、手すりに頭打ってる奇人。
「そろそろ眠くて」
「そりゃあ寝てなきゃ眠いわ」
「寝られない」
「その手すり汚い」
「一本貸して」
「高いよ」
火いつけて、一回深く吸って放る。何だお前、セレブかなんかかこの野郎。
「ダメだ」
「寝れば?」
「それはもっとダメ」
「寝ろよ」
「うるせえな」
ああ、そう。あの日言い忘れてたけど。
「全部無駄」
「わかんねえだろ」
「いや」
無駄だから。マジに。
「決め付けんなよ」
「あたしだったら嬉かないね」
「お前変だもん」
「いや、てめーにゃ負ける」
「戻る」
ふらふら、フラフラ。ぐらり。傾く。
「寝れば」
傾いた中2の襟首指で引っ掛ける。体温が低くて少し驚く。
「寝ない」
振り払う手が芝居じみてて笑える。道化。
お手を触れてはいけませんて? ああ、でもこれはただの中2。
「寝ろ」
掴んだ手首は冷たい。
「寝ない」
寝ろ、寝ない、いいよもう。よくねえよ。手づかみの会話。
「離せよ」
責任を。
感じてるわけでもないけれど。
「眠りたくない」
「ムリ」
眠りたくない、ともう一度。うつらに揺れる首。握り締めた両手。一瞬気を抜けばその意識は落っこちるだろう。
「だせえな野田」
「うるせえ」
「無駄」
「るせえよ」
「寝ちまえ」
「寝ねえっつってんだろうがうるせえな!」
横に引く力。んだよまだ残ってんのか寝不足ヤロー。そのまま振り払った手が弧をまいて頬に当たる。あ、と小さくうめいて野田がこちらを見た。
「っつ…」
荒れまくった唇から赤が一筋垂れて、舐めると鉄の味が広がる。
罪悪感みたいな目が、こちらを見て、だから踏み込んだ。
「いてえんだよこのバカっ!」
寝てない野田など敵ではない。仰向けにコンクリにどうと倒れこむ体。踵の潰れたぺらい上靴で蹴りつける。
何度も踏んで蹴る。そのままこのバカは眠っちまえばいいのだ。
あーほら、なんも。
「意味ねえだろ! わかってんだろ馬鹿野郎!」
黒い学生服は動かない。騒ぎを聞きつけた大人に捕まって唯一自由な口でまだわめく。
寝ないことが断罪になんてなるもんか。
ココロザシいくら立派でも手段知らねえならただのバカだ。
引きずられてく中、空は青い。
一日野田は眠り続けて、二人いっぺん呼び出しを食らった。
日本の
空はまだ青い。
返す、と言われて、小さな箱を投げられる。
「借りたやつ。火は…もらっとく」
開ければ二本。ケチぃなー。言えば、まだ少し青白い顔が笑った。
「ていうか柄違う」
「だって俺それしか吸わないから」
「残りもん押し付けんなよ」
言いながら、一本咥えてライターを探す。ああ、そうだ、切れてたっけ。
「寝てんの?」
もぐもぐ細いフィルターをかみながら見返す。
横顔が空を見上げてまあね、と笑う。
「俺高校卒業したら青年海外協力隊とか行きたい」
「ご立派」
進学校狙うなら今からやんないと。現実を投げれば思案顔。
「人助けんのに勉強いるん?」
「わかんねーけど」
もしあたしなら馬鹿はいらね。もぐもぐ答える。あ、こいつわかってねーな。
「寝ない気になりゃどーかなるんじゃないかね」
「そうだな」
そうかな、といわないあたりがこいつも相当のツワモノだ。踵で蹴っ飛ばす。潰して履いた上履きがゆらゆら揺れた。
「んだよ」
「火、貸して」
見上げた
空は相変わらず青い。
「これで貸し借りなし」
吸い込んだ煙が不味すぎて、あたしは少しむせ、隣の野田が笑った。
作品名:青空監獄SS LAZY SLEEP 作家名:麻野あすか