捕らわれた少女
好きなどというから、ふざけるなと殴ってその場から逃げだした。
走って走って落ち着いたころ、追いかけてこないことに気付いた。
やはり、それくらいの気持ちなのだと言い聞かせた。なぜか言い聞かせていた。
無性にはらがたって、そして悲しかった。寂しかった。
次の日の本田はいつも通り挨拶を交わし、何事もなかったそぶりをする。
他の奴らとへらへらわらい。他の奴らと楽しそうに喋っている。
私のことなんて本当に好きだったのかと思うくらい。
あいつのことを考えている自分が嫌だった。そして心の中で唱える。
私には兄さんがいる、と
「ナターリアさん、休憩にいかないんですか?お兄さんも行ってしまいましたよ」
奴の声でふっと我に返った。
気づけは会議は終わっていた。
「お前のせいだ」やつあたりにも似た本心をぶつけ、兄さんを追いかけようと椅子から立とうとしたときだった。
肩をぐっと捕えられ、一瞬何が起こったかわからなかった。
「ふざけるな!!!!!」「ふざけてなんていませんよ」
嫌だとからだを離そうとしてもその腕から逃げられなかった。
「逃げたやつを追いかけもしない癖に!」
「だって・・ナターリアさんは追いかけるほうがお好きでしょう?」
「違う!」
「そうですか?今日はお兄さんよりも私を見ていたくせに」
微笑んだような本田の顔は何処か怪しげでみすかされているようだった。
「見てなんかいない!」
「ふうん・・じゃあどうして目を合わせないのですか?怒った顔ばかりして・・・お兄さんのこと以外で」
.「違うっ…!!!ちがうちがうちがう!!!」
首を思いっきり振った。否定の言葉をだして自分を否定した。
「そうですか、それは・・残念ですね」
顔の笑顔はきえて、本田はつかんでいた私の肩を離して隣をすりぬけていった。
私は肩をなぞる。
込められた力を思い出すように。
.会議室のドアがバタンと閉まる。
「また・・・」
またこれだ。
それくらいの気持ちなのだといいきかせた。
「どうして私なんだ。どうして・・・。」
めまいがした。あいつの顔がよぎってただ、ただ堪らなかった。
私は追いかけるように会議室を出た。
大きなドアの音がしてもあいつは振り向きもしない。
私は唇を噛んで、どこからか湧き上がる気持ちを抑えた。
走れば追いつく距離をわざと足音をたてて奴を追いかけた。
「ふざけるな・・!!このやろう・・!!!」
体を思い切りぶつけて奴を倒し、馬乗りになった。
「いたた・・・老人には優しくしていただきたいですね」
「知るか」
余裕のなさそうな顔をして私を見上げる。
「お前はなんなんだ・・・私をどうしたい。私じゃなくていいだろう」
「何度も言ったではありませんか、あなたが好きだと」
こいつはどこまで嘘をつくんだろうか。
「だから・・・・っ!」
「わざわざ、好きと伝えるのに嘘は必要ですか?私もこれでも勇気を振り絞っていっているんですよ?」
私の髪の毛に触れる本田はどこか楽しげだ
「じゃあどうして・・・・追いかけてこなかった」
「先ほども言ったでしょう?追いかけるほうが好きじゃないかと思っただけですよ。
私の体力の問題もありますがね」
苦笑するこいつの顔をぶん殴ってやりたくなった。
「ふざけ・・」
「それは見事に成功したわけですが」
言葉に煽られて、頭に血が昇っていく音がするようだった。
「貴女は追いかけてきた」
本田の手が髪の毛から私の顔へ場所を移し触れてくる
「わ・・私はお前を殴ろうと思って・・・きた・・だけで・・」
「それでも、私のことで頭がいっぱいになったでしょう?」
「・・・・」
言葉一つ一つが投げかけられるたびに、確信する
私はこいつの掌で踊っていたのだと。
昇った血が引いていき、本田の顔をふと見た瞬間怖くなった。
また逃げようと、馬乗りになっていた状態をやめ少し離れようと足を半歩下げようとしたときだった。
「また、逃げるんですか?」
ふっと本田が笑って私の腕をつかんだ。
「はな・・っ!」そう言おうとした腕を引っ張られ、瞬間壁に打ち付けられた。
「離しませんよ」その一言をいったあと唇にまたやわらかいものがあたる。
顔を反らそうとしても捕まえられる。
「いやっ・・!んっ・・・・あ」
肺から酸素が失われていった。
きっとわざとだろう、私はぼんやりしたなかで考えた。
唇が離された時には、肩で息をしていた。
「っ・・・はぁっ・・はっ・・・ふざけるな
睨みつけると、本田はこちらを見てわざと悲しそうな顔をしてこちらをみる。
「何度も言わせないでくださいナターリアさん」
「私は好きと軽々しく言えるほど器用じゃありませんよ」
ぐっと私を抑えていた手が離れ、今度は抱きしめられた。
「離せ・・・」
「嫌です」
無理やり抜け出そうとするとまた唇をふさがれた。
「んぅ!!!」
逃れたくて逃れたくて仕方がないはずなのに私はその腕から結局抜け出せなかった。
「捕まえたものは、離しませんよ」
耳元で囁かれ、心の底から体が震えた。
「嫌だ・・」
私はそう言葉とは裏腹に腕が勝手に本田の背中へとのびて、しがみついていた。
私は蜘蛛の糸に捕らえられた。そしてどこかで思っていた、捕えられたかったのだと。
望んでいた、求められることを。
ばかばかしいと、愚かだと思った。
けれど本田の声に腕に溺れていくのが心地よかった。
「好きですよ・・ナターリアさん」
何度も聞いた言葉のはずなのにそれは甘く、低く、響いているように聞こえた。
「・・・・悪くない」
私は、自分に嫌気がさしながら瞼を閉じた。
その心地良さに溺れながら