夢における理不尽についての考察
行って戻って、その繰り返し。
いつまで経っても進まない、幾ら追っても追いつけない。
夢の中ではよくある事。けれどもこれは現実だから、醒める事もできない。
* * *
奴は何にも分かっちゃいないのさ。
追いかけるのに夢中で、逆に追い詰められているってことに気付く事が出来ない。
まぁまだ若いんだから、いいんじゃないの。そうやって人は大人になっていくものさ。
え、“ヒト”じゃないだろうって?固いこと言うなよ。
俺と君の間に隔たりがないように、奴とヒトの間にも、実はそう違いなんてないのさ。
悩んだり、間違えることだってあるって事。
…だから君も俺と間違いを犯してみない?
って言っても、もちろん間違いだなんて思わせるつもりはないけど。
――あれ、ここは引くところじゃないよね。まだ何もして……。
おーい、冗談だから。ちょっと―――。
酒場にて
* * *
あの方が一番信じているのはあの方自身なのですから、
私などが何か申し上げた所で変わる事など有りはしませんよ。
無責任だと?おや、貴方なら分かって下さると思いましたが。
あの方は何でも持っているでしょう。少なくとも彼自身はそれを信じて疑わない。
瞳に映すものしか信じず、映るものを選ぶことが出来る。
己が掲げる“崇高なる理想”の為に力を振るう事を躊躇わない。
大義の前では、理屈など脆いものです。簡単に道を外れてしまう。
いえ、これは私自身の話ですが。
穿った言い方をすると?
なに、お気になさらず。年寄りの戯言です。私には彼の若さはいささか眩しすぎる。
何の話でしたか。
そうそう。ですから、“力”ではどうにもならないことがあるというのは
彼にとって良い事ですよ。
会議室脇にて
* * *
青年は自室の壁にもたれながら逡巡していた。
何の話をしていたとか、どういった流れでだったかは分からない。
ただ背筋がぞわりとするような感覚が、既視感と共に襲ってきた。
正面に対峙するその人の視線を、なぜか真っ直ぐに受け止めることが出来ない。
翡翠の双眸に力があった。
不意にその光に射すくめられた様な、向こう側まで見透かされてしまっている様な錯覚に陥る事がある。
そう度々ではないが、しかしこうして自分がその感覚を忘れられないでいる程には、その回数は多いらしい。
そんな時、怜悧な視線はどこか面白そうで、
彼の光彩は理解しかねる複雑な色を湛え、まるでこちらを“観察”しているようだ。
そこにかつての温もりは見受けられない。これが本来の姿だとでも言うのか。
こんなのは知らない。耐えられない。
物思いに沈んでいた思考を少しだけ現実に引き戻し、窓際へと歩み寄る。
窓の外を覗くと陰鬱な空は殆ど光を通さず、曇ったガラスは室内の光ばかりを反射して青年の表情を映し出す。
表情は引き締まり、力を欲する蒼穹の瞳が若者らしさを際立たせていた。
足りないものは補えば良い。
そうやって手にして来たもの全てが、しかし今は何の役にも立たない。
何が可笑しいんだ。
――全て勝っているはずなのに。
負い目を感じる事なんて、何もないはずなのに。
繰り返す。何度も、何度も。
進まない、戻らない。
丸は四角く、四角が丸く、前が後ろで、後ろが前で。
醒めることが出来ない悪夢の中で、
迷い込んだ迷路の、出口はおろか入口さえ見失って。
――――何処まで逃げても、逃げ切れない。
作品名:夢における理不尽についての考察 作家名:shelly