恋セヨ乙女
青春と呼ばれるそれは、静緒にとって縁のないモノである筈だった。
そんなものなくていい。
幸せになんてならなくて良い。
恋なんて。
けれど、静緒は勘違いをしている。
青春とは、恋とは。
自分からするようなものではないのだ。
ソレは、ある時急にやってくる。
望もうが厭おうが、向こうから勝手にやってくるのだ。
恋セヨ乙女
「ねえ、もう折原君と関わるのやめて?」
って、言ってた。
おずおずとそう切り出したのは、いつも一緒にお弁当を食べる友人の1人だった。
特異体質で皆から恐がられる静緒にとって高校で唯一の友人達だと過言ではない。
そう言ったら1人はやさしく本当はみんな仲良くしたいんだよ?と笑い、もう1人はそうだぞ感謝しろ!と肩を叩いた。
そんな大切な2人が、その言葉を皮きりに神妙な顔でいそいそとお弁当を仕舞いだす。
どうもがっつりと話し込む体制に入るらしい。
「言い辛いんだけどね…」
「へ?」
「2年の先輩が、折原に告白するつもりらしいぜ」
つやつやした黒髪を揺らした帝人が言うと、それに正臣が続く。
わけのわからなさに目を白黒させた静緒に、2人は目を合わせて同時にため息を吐いた。
静緒にとって折原臨也という男は、いわゆる天敵という奴だ。
やたらめったら頭が良いが、その分性格は最悪で、人をからかう事に命を懸けているのかという位に嫌味ばかり言う。
しかも静緒が気にしているような事――例えば人並み外れた怪力の事だとか――を、気にしているタイミングを狙ってからかうという徹底ぶりだ。
関わりたくて関わっている訳がないし、それを知ってる筈の友人達がなぜそんな事を言うんだろう。
首をかしげてわからないと無言で主張すると、正臣が苦笑して説明をはじめた。
「静緒が折原のこと嫌いなの、あたし達は知ってるけど、…先輩とかはそんなの知らないっしょ?」
「ん」
「なんか、目つけられてるみたいだぜ」
本格的にお弁当を食べるような雰囲気じゃなくなってしまった。
帝人なんかはもう言い辛そうにうつむいてしまっている。
「お、怒らないでね?その…折原君が好きだから、ちょっかいかけてるんじゃない?って…」
「はあ?」
「こいつ、先輩に呼び出されたらしい。あたしやら静緒だったらこわいから無害そうな帝人が当てられたみたい」
正臣が不機嫌そうに頬を膨らませると、帝人は小さくごめんねと呟いた。
「あたしに言えって言われたのか?」
「…ん」
「先輩と話してくる」
「平和島さん!ダメだよ!」
「だって!」
「平和島さんだって女の子相手に暴れられないでしょ?」
でも、だって。
女の子が恐い事くらい、友達の少ない静緒だって知っている。気の弱い帝人を呼び出して文句を言うなんて。
静緒の大事な友達に。
「帝人の言う事も正しいぜ」
「でも!」
「これで静緒が話つけにいって、それを恨まれて手をだされるのはやっぱり帝人なんだよ。
女ってそんなもんなんだ。知ってるだろ?」
「紀田さん…」
正臣の言ってる事は多分、正しい。
静緒にもそれはわかっていた。
それでも悔しかった。じわりと涙が浮かぶ。
帝人がやさしく頭を撫でて、それが余計に悲しかった。