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一人で勝手にそう思っていてよ

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世間一般の基準に当て嵌めて考えた時、自分が魅力的な人間ではないということを、とうの昔に帝人は知っていた。容姿も頭脳も身体能力も才能も家庭環境も、他人より優れている点は一つだって無いのだから。 多くの人間から好かれようとも、豊かな人生を送ろうとも、帝人は考えたことがない。帝人が望んだのは些細なこと。些細で、ほんの少し大それたこと。
 それは、生きる場所を変えただけで容易く叶って、だから、それによって自分自身が大きく変わったという実感は、帝人にはまるでなかった。しかしそれは自分のことだから気付かなかっただけのことであって、周りからはそう見えなかったのかも知れない。少なくとも、そう考えなければ説明がつかなった。

 ――告白を、された。男に。それも、二人に。

 決して長いとは言えない、けれど今までの全人生の中で、誰かから愛を囁かれた経験など無い身にしてみれば、これは天変地異にも等しいことだ。誰かにとってはありふれた日常であったとしても、帝人にとってそれは十分な非日常だった。テレビ越しに起きているような、そんな出来事。
 最初に告白をされたのは、二週間程前のことだった。よく、覚えている。ストーカーの如く部屋の前で待ち構えていた彼の人に、演説かこれはと思わずツッコミを入れたくなるような長さと馴染みの無い語彙で思いの丈を告げられたのは。尤も、帝人がそれを正しく告白と認識出来たのは、最後の最後に、俺の愛が伝わったかな、と本人が纏めてくれたからなのだが。それが無ければ、それまでの長い言葉の羅列は、全人類に向けられたものだと解釈していたに違いない。
 返事を性急に求められることこそなかったが、それで帝人の心の負担が減ったかと言えば、そうではなかった。
 生まれて初めての告白を経験されてから、二日後、また別の人間から告白される羽目になったからだ。
 最初の時と同じく、此方もまた予兆というかきっかけというものが思い当たらなかった。今まで大した接触も無く、告白された時も偶々出会しただけだったからだ。
 彼の人とは違い、彼の告白は至ってシンプルなものだった。溜めの分、思い切ったら早かったのかも知れない。男らしくて潔い、受け取る方としても有り難い告白の仕方だった。
 しかし、有り難かったのはあくまでも告白の仕方のみであり、告白自体は帝人にとって傍迷惑はものでしかなかった。それは、前者も後者も等しくだ。
 どちらか一人なら別に構わなかった。そうであったなら、帝人としても、じっくりと偏見を持たずに返事を考えることが出来ただろうに。
 帝人には、特殊な性的嗜好などありはしないし、またそういった趣味を持つ人間から言い寄られたこともなかった。それが、新しい土地に越して来てから立て続けに二人。都会には様々な人間が集まるというが、それは強ち誇張されたものでもないのかも知れなかった。
 そんな特異な土地に居を構える彼ら二人は、確かに帝人の持つ常識からは少々外れた存在であった。けれど、それ自体は何ら問題のあることではないのだ。問題は、帝人と彼らは少なからず交流があって、しかも彼らは犬猿の仲というか水と油というか、つまりどう足掻いても仲良く微笑み合うなんてことは出来ないことにある。
 標識が引っこ抜かれたり自動販売機が空を飛ぶなどといった非常識極まりない、けれど最早日常と化しているような現象の裏には、この二人が大きく関わっている。当事者と原因、という意味で。
 ただでさえ彼らは、生まれた時から天敵になるように運命づけられているような仲の悪さだというのに、そこに≪恋敵≫などという厄介極まりない関係まで築かれてしまっては、間に挟まれる帝人としては堪ったものではなかった。
 いっそのこと、彼ら二人を振ってしまえば良いのだ。そんなことくらい、帝人はちゃんと分かっていた。それでも今現在までそれを実行に移せないでいるのは、二人の人間に取り合いをされるという経験が新鮮だったから。

「……の、筈だったんだけど」

 溜め息を、一つ。そっと零してから、帝人は必死に目を背けていた現実を正しく認識した。ギャラリーがすっかり逃げてしまった道路に、いい年をした男が二人。ナイフと標識を振り回していた。何度見ても、頭の痛くなる光景だ。
 切っ掛けは、覚えている。彼と偶々話し込んでいるところに、白々しい程の偶然さを装って彼の人がちょっかいを掛けて来た所為だ。顔を合わせれば喧嘩しかしないのに、その場に帝人という起爆剤がいたらどんなことになるかは目に見えていた。
 そして、止める間もなく少々行き過ぎた二人の喧嘩は始まり、今も尚終息する気配は無い。その始まりこそ自身が絡んでいたから、帝人もあれこれと頭を悩ませていたが、そうこうする内にそれは以前と変わらない言葉の応酬になっていて、正直な心境を言わせてもらえば、帝人は今とてもこの場から立ち去りたかった。
「臨也さん……静雄さん……」
 小さく、名を呼ぶ。彼らは気付きもしなかった。当然だ、彼らはそれどころではないのだから。彼らは今、目の前の相手しか見ていない。愛しいと、そう告げた、平凡な少年のことなど、気に掛けもしないのだ。
 例えば今、帝人がこの場から姿を消したとして、彼らがそれに気が付くのは全てが終わってからのことになるだろう。
 その、歴然たる事実に対して、寂しさや嫉妬めいたものを僅かなりとでも抱いていたなら、救いはあったのかも知れない。帝人にも、彼らにも。しかしこの時帝人が感じていたのはどうしようもない遣る瀬無さと虚しさだけであって、それを恋の始まりとするには少しばかり強引だった。
「馬鹿ですよね、お互いに……」
 告白をされた時、心が踊らなかったと言えば嘘になる。帝人にとって、その相手はとても魅力的な存在だったから。――けれど、自分が一番でないなら意味が無い。
 唯一の存在になりたいなどと思ったことはなかった。そんなことは到底不可能だと分かるくらいには帝人は大人だったし、世間というものを知っていた。だから、望んだのは当たり前のことで。
 一番に、愛されたい。隣に居て、いつだって気にかけていて欲しい。ただ、それだけ。けれどそれが、叶わないというのなら。
「それは多分、恋じゃないんですよ」
 少なくとも、自分の思い描く、恋では。
 最早争いの切っ掛けさえ見失って、只管純粋に傷付け合う二人を見る。彼らの間には、洗練された言葉など必要ない。そんなことをしなくても、彼らは十分お互いを理解している。例え、本人達が認めなくても。
 彼らがお互いに向ける感情と、帝人に向けるそれは違う。そんなことは分かっている。しかし、大きさ、濃さ、年季、という尺に当て嵌めて考えた時、その差は明らかだ。競うようなことでもないのだろうが、それに帝人は耐えられなかった。
 二人に挟まれていても、帝人は彼らの間に入っていくことなど出来はしないのだ。其処は二人の世界なのだから。
 けれど、それでも、その純然たる真実を正しく理解しながら帝人がこの場から立ち去らないのは、答えを有耶無耶にしながら少しでも長く相手の心に居座ろうとする感情と同じものだった。