お江戸デュラララ!第一幕・上
お江戸デュラララ!第一幕・上〜偶然よりも必然よりも運命なんです!の段〜
日も暮れきり、人通りもとっくに絶えた宵五ツ半。五百年後には色とりどりの光に包まれる江戸の地も、当時はたっぷりとした闇に満たされていた。びゅうびゅうと吹きすさぶ木枯らしの中、寒さも暗さも全く意に介さず、てくてくと歩を進める長身の男。腰にさした刀と、侍には粗末な身成りからして、浪人と見受けられるこの男は、実は江戸では知らぬ者のない借金取りであった。それほど恐ろしい形相をしているわけでもなく、さりとて逞しいわけではないひょろりと背ばかりが高い肉体。しかし、ひとたび怒れば、鬼神のように暴れだし、気が済む頃には人は勿論建物さえ全てが瓦礫と化していると評判である。物騒な風評とは裏腹に、実際彼は普段は静かで穏やかな人格であった。暴力を嫌い、平和を愛すその心根は、神仏の加護を得るにふさわしい見上げたもの。それとは裏腹に彼が恐れられている所以は、その異常なほど低い沸点であり、怒りに狂う余りに人間の枠を易々と飛び越えてしまう災害のごとき力である。今日も今日とて、破壊の限りを尽くしてしまった己の愚かさを悔い、居ても立ってもいられず闇の中をさ迷い歩く彼は、その夜彼の人生を大きく変える出会いをすることをまだ知らない。
一見、ただの町人の子供。その実態はこの日の本で右にでるものはいない陰陽師。実際の年の割には幼く映る顔には表情が一切浮かんでおらず、その真ん丸い目には不似合いな冷たい炎が宿る。顕になった額には、この寒さにも関わらず、前髪が張り付くほどの汗が浮かんでいた。後ろで一つ括りにした髪をひょこひょこ揺らし、息を切らしながら夜の江戸を駆けていく彼の背を、密やかに追う男どもの姿があった。密やかに、とはいえ、少年はとっくに勘づいている。それにも関わらず、闇に溶けるようにして追走するのは、その底知れない呪術を警戒するが故である。追う者と逃げる者。一瞬でもどちらかが気を抜いたが最後。命がけの鬼ごっこは続く。走り続ける少年が、彼の呪力が及ばない類の化物と遭遇するまで。
そしてその瞬間は訪れた。
他人を巻き込まない場所に向かい、撃退の機会を窺っていた少年は、突如現れた人影に驚き、足を止めた。
その背に追撃者の無慈悲な刀が振り下ろされる。
その手を、鞘に入ったままの刀が文字通り砕いた。
かくして彼らは出会った。
図らずも獲物と天敵との出会いを導いてしまった男は、誰にも知られず舌打ちをした。
作品名:お江戸デュラララ!第一幕・上 作家名:川野礼