松屋デート
「腹ぁ、減ったな」
時計を確かめるが、まだ始発すら動いていない時間だ。
深夜からの仕事を終えると、大抵このくらいの時間に腹が減る。池袋の良い所は、どんな時間でも、飯にありつけることだと、門田は欠伸を噛み殺しながら、通りの反対にある目立つ黄色の看板の店へと、爪先を向けてだらりと歩き出した。
飯を食って腹を満たし、それからたっぷりと睡眠を取る。
ごく平凡な幸せを描いて、門田は苦笑を浮かべた。
だがもう少しで道を渡りきるという所で、見慣れた金髪のバーテン服が、サンシャイン側から歩いてくるのを見つけてしまい、門田は眉を動かした。
「静雄」
今日は、仕事仲間である男は一緒でないようだ。片手を上げて声を掛けると、静雄はまるで気付いていないかのような動作で、ワンテンポ遅れて顔を上げた。
高校の同級生だが、馴れ合うことも無く、つかず離れずの関係だ。変に暑苦しくなくて、門田は心地良いと思っている。そして、いざという時、心強い。
「……おう」
「仕事帰りか?」
「そんなとこだ」
「俺もだ。飯食って帰る」
すぐ目の前の松屋を顎で示すと、静雄は少し思案してから、門田に返事もせずに、先に自動ドアを潜り抜けてしまう。
「おい。静雄?」
「飯。食うんだろ」
言葉が少ない訳ではないのに、必要な時に限ってぶっきらぼうな静雄に門田は相変わらずだなと苦笑に似た笑みを浮かべ、長身の後に続いた。
発券機に千円札を滑り込ませ、牛めしのチケットを引っ張り出すと、大した会話もせずに、門田は先に食券を買ってカウンター席についている静雄の横に断り無く座った。
「仕事は順調か?」
「まあな」
門田は短い相槌を打つ静雄の横で、水のグラスを傾けた。
この男は目立つ。特に池袋では、知らない者など居ない。知らなければ潜りだろう。
他の客は、こちらを意識しているが、わざとらしい視線を向けようとはしない。静雄は、敵意には敏感だ。
やがて、牛めしのどんぶりが二つ並べられて置かれ、それぞれが手に取った。
無言で空腹を満たす門田の横で、静雄も無言でどんぶりをかっこんでいる。
程なく食べ終え、水で喉を潤していると、先に静雄が立ち上がり、門田も特に示し合わせることなく席を立った。
外に出ると、既に池袋の町は、目覚めていた。
「……じゃあな」
「ああ」
出会った時と同じように、先にとっとと背を向けてしまう静雄を、門田は見送った。
「……またな、静雄」
バーテン服の後姿に、聞こえるか聞こえないかの声で、独り言のように呟いてしまってから、門田は肩を竦めた。
顔を上げた先の静雄は、角を曲がる寸前、片手をひら、と振り、そのまま池袋の影になっている場所に、消えていった。
「またな、か。聞こえちまったか?」
そう望んでいるのか、門田は自分に問いかけながら、静雄の向かった方向とは逆に、踵を返した。