キス
何が柔らかいのかは、よくわからない。その柔らかいものが、口の中を彷徨っている。
「ん、……ン……ふ」
門田は眉を寄せながら薄っすら目を開いたが、視界の中には近すぎる金髪があり、上手くピントが合わせられない。開いたままの唇が痺れたように、だるい。
「ふ、……っず、お」
電球が切れた居酒屋の看板が、チカチカと薄暗い裏路地を刺激する。
門田は背中にあたる冷たいビルの壁に、ずるりと寄りかかった。
何故こんなことをしているのだろうと、門田は酔っ払った頭で再び考えた。口腔を貪る舌は、池袋最強と言われる男の体の一部と思えないくらい、柔らかい。
その舌からは、やはり酒の味がした。
混ざり合った唾液を飲み干す音が、やたらと大きい。
「う……くっ」
酔っているのだな、と門田は思った。
自分も。目の前で夢中で自分の唇を貪る静雄も。
自分は男だぞ、という常識的な反論も、今は意味を成さない。
久しぶりに、二人で酒を飲んだことまでは覚えている。
だが、その先が怪しい。記憶が抜けて、いきなり今に繋がっている。間にどんな会話がされたのか、思い出すことも出来ない。
もしかしたら、酔いが冷めた後に思い出すのかもしれないが、門田はこのまま忘れていた方が良いのだろうと、抜け落ちた記憶に背を向けた。
「しず……お」
静雄の口付けは、噛み付くような乱暴さと、妙な優しさの入り混じった門田も初めて味わう類のものだった。
情け無いが、腰から力が抜けて、ずり落ちてしまいそうだった。
優しい抱擁など、ありもしない。
壁に追い詰められた格好で、門田は静雄を受け入れさせられている。
気持ち良かったが、気持ち良いとは、言いたくなかった。
「は……ッぁ」
ようやく舌が去り、門田は空気を貪った。
冷たい夜の空気を取り入れれば、頭が冷静さを取り戻せるはずだ。
だが、そんな猶予など与えられず、歯がぶつかる勢いで、再び唇同士が触れた。
「おい、……し……っ……お」
「わかんねえんだよ」
「俺に、言うなっ」
「くそっ」
苛立つ静雄の声に、門田も語尾を荒げた。
どうして、自分達がこんなことをしているのかが、わからない。
だが、止まることも出来ない。
静雄の膝頭が門田の足の隙間を割り、硬い太腿が押し付けられる。
「……っ、ん」
気付いた時には、門田は自分から静雄の舌を絡め取っていた。
すると、静雄は今までの大胆さをどこに無くしたのか、ひくりと逃げを打つ。
だが、門田は逃さなかった。
「見掛けによらねえな、……静雄」
重なる唇の隙間に囁かれた挑発の言葉は、唇に走った痛みに飲み込まれた。