7話
だが、その時の自分は訳のわからないものに苛立っており、返事もせずに、まるで気付かなかったかのように、通り過ぎてしまった。
ありとあらゆる物が、静雄を苛立たせる。
門田なら違ったのかもしれないが、今のガキめいた感情をぶつけてしまいたく無かった。今更戻ることも出来ない。
数日後、また門田に会った。
無視されたはずなのに、門田の持つ気配は、変わらない。
同じ声で同じように声をかけられた。
静雄は、純粋に嬉しかった。胸のつっかえが取れた所為もあり、久しぶりだな、と返事をしたかった。
だが、どうしたらいいんだと、静雄は無表情で悩んだ。
今更、どうやって顔を合わせれば良いのだと。
門田の前を横切るほんの一瞬の時間を使って、静雄は悩みに悩んだ。
結局、静雄は同じように通り過ぎる事しか出来なかった。
雑多に紛れながら、静雄は苛立ちに奥歯を噛み締めた。
我慢ならず振り返った時には、既に門田の姿は消えていた。
先日無視をしておいて、今更どの面を下げて、何もなかったように振舞えるのかと、静雄は憤った。
「くそ……っ」
苛立ちが爆発し、暴力に結びついてしまう寸前、静雄の携帯着信音が響いた。
なんだ、と乱暴に携帯を取り出すと、そこには大分前に登録したきりになっていた、ある男の名が表示されていた。
静雄は携帯を落しそうになり、すぐに通話ボタンを押した。
『よう』
「……なんだよ」
ぎこちない静雄の声に、回線越しの男、先ほど擦れ違ったばかりの門田は笑っている。耳に優しい、低い声だ。
『番号変わってなくて良かったぜ。今、池袋に居るんだが』
そんなことは、勿論静雄は知っている。ついさっき、擦れ違ったばかりだ。
門田はとぼけ、静雄、と名を呼んだ。
『久しぶりに会ったんだ、酒でも飲まねえか?』
「……なんでてめえと」
『さっき、俺のこと見てたじゃねえか。何か言いたそう見えたがな、静雄』
静雄はわざと低くされた声に、背を強張らせた。
門田の声は、静雄を見透かす。
「……っせーな」
『露西亜寿司の裏手のビルにあるバー、前に行ったことあるだろ』
「それがどうしたんだよっ」
『待ってるぜ。じゃあな』
電話は、一方的に切られてしまった。
立ち尽くすしかない静雄は、今、自分の身が羞恥というもので焼かれていると、ようやく知ることが出来た。
静雄は息を吸って吐き、今来た道を引き返した。