call,you
臨也は携帯電話の履歴を追い、通話ボタンを押す。
二回目のコール音が聞こえて、相手と繋がる。毎回彼の電話に出るタイミングは変わらない。
学生時代からずっと安心感を与えてくれている。聞き慣れた門田京平の声は。
『ああ、どうした?』
「……」
携帯電話のディスプレイに表示された名前を知っていて、門田は親しみのある応答をする。
声を聞くと余計に我慢ができなくなった。
臨也は必死で衝動を抑える。今すぐにどうしようもなく会いたいだなんて、甘ったれている。門田が自分を放っておけ ないことを知っているから電話を掛けたのだが、計算通りの反応に臨也は自己嫌悪に陥った。
これでは、門田の優しさに縋り付いている自分を認めざるを得ない。
急に電話をかけてきた自分を、門田は気に掛けるだろう。
ほら、案の定彼は尋ねてくるのだった。
『臨也、何かあったのか?』
「なんにもないよ」
『嘘を言うな』
きっぱりと否定され、臨也は受話器を握る力を強くした。
だってこんな情けないことを言い出せない。ふと人恋しくなっただけ。会って抱きしめて欲しいだなんて、そんなこと 。
受話器越しに伝わる、低く優しい声。
向けられる彼の声は、今だけは臨也のものだった。
『臨也、電話じゃ顔が見えない』
「……っ、当たり前じゃない。電話してるんだから」
『で、何処にいるんだ?』
居場所を尋ねられ、臨也は内緒だよと返した。
臨也は新宿の雑居ビルの屋上にいる。街の無機質な明かりを一人で眺めていたら、急に門田に会いたくなった。臨也は 人間を愛していたが、時折雑多な街にいると疲れる。生じる感情に反応することに疲れるのだ。
そんな時、臨也は門田を思い出すのだ。
他の誰でもない、彼のことを。
『……今から会いに行く』
「えっ、別にいいよ。ドタチン」
『だめだ』
臨也にこんなことを言うのは門田だけだ。
説教じみた言葉も、関心を向けられているのだと感じて嬉しくなる。
いつも見守られているような距離感が、臨也には心地いい。彼は自分の何もかもを邪魔しない。どれだけ穢れていても うす汚れていても、ありのままの自分を包み込んでくれる優しさが好きだった。
時折、意地っ張りな臨也の本音を引き出す言葉も。
『だめだ、臨也。よくなんてない』
声を聞いていると、ふいに彼の手を思い出す。
大きくて広い、自分の頭を撫でてくれる無骨な指先の優しさ。耳の淵から伝わる声の感触と、優しげな手つきの温もり は似ている。
『だってお前、泣きそうな顔してるだろ?』
ひゅっと呼吸を続ける喉が鳴る。
次に瞼が熱くなった。
門田はもしかしたら自分を一番知っているのかもしれない。
臨也の望むものもすべて。
彼に会いたいという気持ちも、きっと知られてしまっていた。