キスと不意打ち
人の姿も足音もない路地裏へ、自分を追ってきた男を連れ込む。
角を曲がって飛び込んできた隙に懐に入り、臨也は背伸びをしてキスを仕掛けた。
唇を重ねると、静雄は大人しくなった。経験が浅いって本当だったんだね、と頭の中で思いながら、臨也は彼の胸に手を当てて彼の唇の感触を確かめる。
遠くから、何処からでも自分の名前を叫ぶ唇。
彼に触れたらどんな気持ちになるんだろう。ただそれだけの興味本位で、臨也は深い口付けへと進めていく。乾いている男の唇は思ったよりも心地よく、臨也の吐息に熱がこもる。しばらく唇を重ね、唇の感触を確かめたところで臨也は彼から離れようとした。
だが、離れられなかったのだ。
「……んっ」
最後に唇の角度を変えて軽く吸い付こうとした瞬間、予想外にも静雄が唇を押し付けてきた。
苦しい。呼吸も全て奪われるほど、荒々しいキス。
臨也が眉間に皺を寄せ、胸板を押し返そうとするが静雄の力に敵うはずがなかった。あっというまに腕の中に抱きしめられ、強引なキスで唇を奪われる。
は、と一息呼吸を整えれば、再び唇が重なってくる。
苦しさと驚きで頭の中がぼんやりとする。何度も与えられる生々しい唇の感触にも。
臨也の身体の力が抜けた、と知ると、静雄は抱擁する腕の力を弱める。
長いキスの後、やっと開放された臨也が呆然としていると目の前の男は口を開いた。
「……臨也」
聞いたこともない、低く優しい声音。
名前を呼ばれただけなのに泣きそうになるなんておかしい。
なにそれ、と彼に向かって馬鹿にしたような口調を向けようと顔を上げると、そこには真摯な表情で自分を見つめる静雄の顔があった。驚いた表情をしている自分の姿だけを映した瞳は、何を考えているのだろうか。
ただ彼が困っている姿が見たかっただけなのに。
「臨也」
耳元で囁かれる彼の声。再び近づいていく顔。
彼の唇が重なる瞬間、離さないとばかりに引き寄せられた腕。心臓の鼓動の音が少しずつ耳元へ近づいてうるさい。うるさいはずなのに、静雄の声ははっきりと耳に伝わり身体は徐々に熱を孕む。
化け物、の彼が平凡な人間の自分に感情を向けるなんて予想していなかった。
大人しくキスを受け入れてしまうことも。胸の中がこんなにも乱されることも。