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マーキング

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「この前の傷、残ってたんだ」
 胸をなぞる細い指先を静雄は視線で追った。
 静雄には胸から腹の筋肉に残る薄い傷がある。至近距離で注目しなければ分からないほどの控え目な傷が。
 それを赤い瞳を細めながら臨也は指先で辿る。つう、と柔らかな指の腹が滑る感触がくすぐったくて、静雄は低い声で止めろと口を開こうとした。
 しかし、言葉は遮られ形にはならなかった。
「嬉しいなあ。シズちゃんにずっとこの傷残るんだね。俺がつけた傷」
 先程までの色気に濡れた目つきは何処へやら。
 物騒なことを呟きながら、臨也はにこにこと無邪気な笑顔を見せる。
 頬杖をつき、うつ伏せに寝転がっている彼は足先をぱたぱたとさせていて、まるで猫でも可愛がっているようだ。
 二人は同じベッドの上に寝転がっている。
 シーツに包まる臨也の白い素肌は少し汚れていて、刺激が強い。
 不健全な関係を続けているというのに、未だに静雄が臨也の裸になれないのは何度セックスをしても別の顔を見せるからだ。昼間追いかけている時とは別の顔。例えば不敵な笑みからは想像できない、熱にかき乱され蕩けた表情とか。
「っ、どうしたの?急に」
 急に静雄が華奢な身体を自分の下に組み敷く。
 驚いた臨也が不思議そうな顔をするが、その疑問を呟く唇を塞いだ。
 彼の指先が辿った流れを似せて、唇から頬へ、首筋へ、そして鎖骨へと口付けを落としていく。
 ちゅ、と唇で強く吸えば、うっすらと残る赤い痕。
 彼の瞳の色に似た色は白い肌に映える。
 自分に消えない傷を残しておきながら、彼に何も残せていないことを静雄はずるいと思った。彼の所有物だという証を残されているのに、臨也は自分のものではない。これではいくら追っても手に入れることなどできない。
 だから痕をつける。一人きりの時も自分を思い出す証を。
 子供染みた我侭な独占欲だった。
「お返しだ」
「これじゃすぐに消えちゃうじゃない、っ……ぁ」
 騒ぐ臨也を大人しくさせるために胸の尖りに唇を寄せると、臨也は途端に静かになった。
 やがて声は甘い嬌声へと変わる。
 耳に掠める音に刺激され、背筋へぞくぞくと刺激が走り静雄の下半身を熱くさせる。
 首すじから胸へ散らばるキスの痕。赤い、赤いキスマーク。
 身体の重みをかけながら、欲情している自分を見つめる彼に静雄はこう言った。
「構わねえよ、消えても」
 この痕が薄くなったとしても、再び唇を寄せ証を刻むだろう。
 だって自分は彼を抱かずにはいられないのだから。

作品名:マーキング 作家名:如月蒼里