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嘆きの霧

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俺は走り去るチカちゃんの後姿を追って、駆け出すことは出来なかった。
 雪に慣れている俺ならば、チカちゃんに追いつくことは簡単だったはずだ。
 だが、それが出来なかったのは、チカちゃんをこれ以上苦しめることをしたくなかったからだ。


 言い訳でしかないが。



「政宗様…」

 襖の開く音と共に現れたのは小十郎だった。

「どこまで霧を深くなされば気がお済みになるのでございますか?」
「……霧……?」
「嘆きの霧でございます。この部屋が真白になっておりますゆえ」

 小十郎はわざとらしく手のひらをひらひらと横に振った。

「…あー、悪ぃな。考えても解決しなくてな…」

 チカちゃんが走りさったあの日から、きっと七日ほど経っているはずだ。あの日以来、夜も昼も酒を飲んでばかりで、日にちの感覚が失われているのだ。
 チカちゃんが俺を頼りにしていた、俺にすがっていたのは間違いなかったのに、俺は救ってやることはできなかった。
 俺に抱きついていたのが、チカちゃんの本当の気持ちだったのだと思う。
 今でも、その時の感覚やぬくもりは俺の身体に残っている。

「では、考えなければよろしいか、と」
「小十郎?」
「思慮深いことはよろしいことだと思いますが、答えが出ない思慮など意味がありましょうか?」
「俺の考えが意味ないと?」

 俺は握っていた盃を、投げ捨てるように乱暴に膳の上に置いた。そんな俺の態度に、小十郎は大きく息を吐き出して、肩をすくめた。

「これ以上、考えても解決なさらないことなどわかっておられるのでしょう?」
「……まあ…な」
「では、できることなど、数えるほどしかございません」

 小十郎は懐から文のようなものを取り出し、俺に差し出した。

「佐助殿より、西海の方の状況をご連絡いただきました。先日、元親殿が仰っていたように、落ち着いている様子。奥州のものが一人や二人踏み込もうと、問題はないように見受けられまするが」
「……勝手に元親殿とか言ってんじゃねぇ」
「元親殿がそのように呼んでくれと仰っておりましたので」

 さらりと言う小十郎に俺は眉をひそめた。小十郎は俺を怒らせるためにわざと言ったのはわかったが、それでも腹が立つものは腹が立つ。
 俺が口を開く前に、小十郎は左手を軽く挙げて、俺を制した。

「私のようなものに嫉妬してる暇がおありでしたら、西へと旅立たれた方がよろしいのでは?」
「……迷ってる……」

 あの時、チカちゃんは『追わないでくれ』と言ったのだ。
 俺が今、西海へ出向き、チカちゃんに会ったとしても、チカちゃんはきっと、俺の訪問を快く思いはしないだろう。
 そういう思いを俺はさせたくないと思っているのだ。
 だが、会わないことにはチカちゃんの思いをはっきりさせることもできないし、救ってやることもできない。
 もし、俺が救ってやることができるのであれば、救ってやりたいと思っている。

「これ以上、チカちゃんに嫌われたくねぇしなぁ」
「何を今更」

 吐き捨てるような小十郎の物言いに、俺は小十郎に掴みかかりそうになったが、踏みとどまった。
 小十郎は首を横に振って、政宗様、と呟いた。

「…私の言葉にさえも感情をぶつけられないようでしたら、元親殿のところへ出向かれても無駄でしょうねぇ…」
「何だと!」

 今度ばかりは、俺もさすがに我慢できなかった。
 小十郎の胸倉を掴んで、もう一度言ってみろ、とまくし立てる。

「何度でも。今のままの政宗様では無駄だと申し上げているのです。頭で動かれているようでは、元親殿にはぐらかされて、終わりでございましょう」
「頭で動いている…?」
「私の言葉を挑発だと思われたから、何を今更、と申し上げても、このように食ってかかって来られなかった」
「…小十郎の言うとおりだ」

 俺は小十郎から手を離した。
 小十郎の言葉を挑発と判断したからこそ、掴みかかるのを止めたのだ。

「政宗様は今どうなさりたいのですか? このまま毎日ぐだぐだなさりたいのですか?」
「…チカちゃんに会いたい。会って話を聞くまで、納得できねぇ」

 そうだ。ちゃんとチカちゃんの本心を聞き出さなくてはならない。
 俺に抱きついてきたのが本心だと感じたが、それは本当なのかどうか。

「では、西に出向かれるしかないのでは? 嫌われたくないなどと、今更でございますよ。元親殿は元々政宗様との距離を置かれようとしていたのですから。すでに嫌われていたのかもしれませんよ」
「小十郎……。お前、たまにきついこと言うな…」
「かもしれない、と申し上げているのです。では、お聞きしますが、なぜ、元親殿はお正月の祝いの誘いにわざわざこちらまで来られたのです? 身分がどうであれ、本当にここに来たくないのであれば、腹痛とでも何とでも理由はつけられるのでは? それに、政宗様のあのお宝を誰にも触らせることなく持ってきたのはどういう理由なんでしょうねぇ?」

 俺は小十郎の言葉に、ほんの少しではあるが、期待を抱いた。

「小十郎、西へ出向く! 馬の準備をしろ!」
「承知」

 小十郎が頭を下げて、部屋を出て行くのを見送ってから、身支度を整える。
 そして、チカちゃんから返してもらった、宝を脇に差す。


「チカちゃん、悪いが、追わせてもらうぜ…」


 小十郎の「準備が整いました」の声を聞き、俺は部屋を飛び出した。
作品名:嘆きの霧 作家名:藤沢 尊