なん度目かのファースト・キス
俺たちの二回目のセックスのときのことだ。平和島静雄は俺の首元でぼそりと呟いた。
「教えてあげますよ」
「…女と、おんなじだろ」
「俺、女じゃないし」
言い終わるか終わらないかのうちに、俺は静雄の唇を甘く噛んだ。
二、三ヶ月に一度、ひどい鬱状態に襲われることがある。いつものハイテンションが無理をしているというわけではないけれど、過去のことだったり、胸につっかえてる忘れられない人のことだったり、つまりそういったもやもやが一気に押し寄せて、無気力で自暴自棄のような状態になるのだ。
でも次の日にはけろっとして、学校帰りに帝人とナンパしたりもするから、病気じゃない。多分。
そんな定例の自暴自棄の日には、たいてい決まってやることがある。単刀直入に言うと、売春ってやつだ。このことは、誰にだって言ってない。自分だけの秘密だ。その援助交際みたいなもんの相手は、女だったり男だったり気分しだいだ。最初は自己嫌悪に陥ったり嘔吐したりしてたけど、まあ慣れって大切。
特に、知らない男に抱かれると、身体も心も高揚して、自分に酔ってひどく興奮する。初めて煙草を吸ったときの感覚と似てると思う。自分はやっちゃいけないことをしてるっていう、あの感じ。それがたまらなく快感なんだ。
別にこれはドラッグじゃないし、妊娠するわけでも、なにが減るわけでもない。深入りしなければいいだけだった。
――どうせ相手にするなら、面白い奴がいいな。
そう思っていたとき頭に浮かんだのは、平和島静雄という人間だった。なんでったってそんな危険人物を…とお思いだろうが、理由は至って単純。臨也さんの対極にいる人間ってどんなだろうって、ただそんだけ。知りたかった。俺って好奇心旺盛。
まあそんなわけで、池袋をてきとうにうろうろしてたら、静雄には都合よくばったり会えた。俺はびっくりして彼の顔をまじまじと見た。彼もその視線に気付いたのか、俺を見やった。
そうしたら、そいつは少し間をおいてから一言、面識もない高校生にこう言ったのだ。
「物欲しそうな顔してんなァ。ガキのくせに」
その瞬間、俺は一種の興奮を覚えた。あの平和島静雄が、俺に話し掛けたのだ。
彼は煙草を歯で咥えて上下に動かした。俺はそれをずっと見ていた。すらりとした彼のシルエットに、痛んだ金髪に、釘付けだった。
「…なんだよ」
細い目をして、静雄も俺を見ていた。
「あんたが、くれんの。俺の欲しいもの」
俺はトチ狂ったような返答をしたんだろう。静雄は一瞬目を見開いてから強く眉を顰めて、煙を口元から吐き出した。続けて俺は問う。
「俺の欲しいもの、わかるんですか」
「……だいたいはな。だが俺がやるとは言ってねえ、ひとことも」
静雄はそう言ったあと踵を返した。
「あんま危なっかしいこと、すんなよ。世の中には信じられねえほど悪い奴がいんだからよ」
俺はまたはっとした。あの平和島静雄が、今度は俺に優しい(?)言葉を掛けてくれた。
危なっかしいなんてもんじゃ済まされないことをたくさんしてきた俺には、彼のくれたその言葉はひとつだって響きはしないんだけど、平和島静雄という人物が言ってくれたってことにじゅうぶん意味があった。
優しいんだ。
俺は安っぽいドラマのヒロインみたいな独り言を言って、路地の奥へ入っていく静雄の後姿に見入っていた。
今考えるに、既にその時俺は、欲情してたんじゃないかなぁって思うんだよね。
それから日がたって、池袋を意味もなくぶらぶらしてたら静雄に偶然会った。彼の姿を見たらやっぱり胸がどきどきした。
別に自暴自棄の日じゃなかったんだけど、俺は静雄を誘った。まあ、成り行きっていうか。彼の同意を得るのはそんなに難しいことじゃなかった。静雄は俺を哀れんでたのかもしれない。
そいで、安いホテルにしけこんで、ことが済んで、目が覚めたら静雄はもういなかった。
ところで、セックスして盛りあがる恋と、冷める恋ってある。
俺は更にもうひとつ、セックスして自覚する恋ってのがあることを知った。
ホテルの狭い部屋にひとりになった俺は、シーツを身体じゅうぐるぐるに巻き付けて、「気持ちよかったあああーーーーーーっっ」って、ベッドの上で暴れながら叫んだ。
恋かな?これって恋?俺はまだガキだから、セックスがいいと恋愛感情と混合しがちだ。
でも恋愛感情なんて所詮錯覚だ、だったら錯覚したまんまでいいんじゃねーの。そうだ、これは恋だ。目の前がふわふわしてお花畑みたいで、ここにいるだけで楽しいこの感覚。恋だ。
静雄の唇を柔らかく噛んだあと、した唇をなぞるように舐めた。それから深く深く舌を侵入させて、踊るみたいに互いの舌を絡ませた。うっすら目を開けたら、静雄はとても気持ちよさそうにうっとりとしていた。ゆっくり唇を離した後、俺は子どもみたいに静雄の細い腰回りに抱きついた。
「どうですか」
「…女と、どう違うんだよ」
「フィーリングっすよ。――俺は静雄さんにキスを教えてあげたから、静雄さんは俺に携番とアドレス、教えてください」
これで静雄と連絡が取れるようになる。いつものナンパと順序が逆だけど、まあいいや。これからどうやって静雄を俺に夢中にさせようかって思うとわくわくして、俺のイマジネーションは爆発しそう。
俺は自分からパーカを勢いよく脱いで、さっきから俺に少々押され気味な静雄にまた飛びついた。
作品名:なん度目かのファースト・キス 作家名:ボンタン