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ロマンスカーで逃避行

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時速150キロ。
 エンジンが焼き切れるのではと心配する様な速度で、だがボンゴレの優秀な開発部のおかげで快適に、一台の車が真夜中のハイウェイをかっ飛ばしている。

 どうしよう、どうしようどうしようどうしよう!!

 巨大なボンゴレファミリーのボスにして、蚤の心臓をお持ちと評判の沢田綱吉とは思えぬスピード。事故や警察を心配して、普段なら制限速度ギリギリで大人しい。周りに群れる世話焼き達のおかげで、運転する事すら滅多にない筈の彼が珍しく、狂ったようにハンドルを握りしめ、メーターを右へ右へ、アクセルを踏みつける。

 どうしよう、殺される! 逃げろ逃げろ、逃げろ!!

 そう、沢田綱吉は逃げていた。
 普段のよく言えば穏やかな、悪く言えば気が小さい沢田綱吉は、自分すら見失う程の勢いでただ、逃げていた。

 始まりは今から五時間ほど前まで遡る。
 久しぶりに皆で揃って帰って来た日本、並盛町。ボンゴレの地下アジトで、約二名を除いた守護者とリボーンが、酒盛りをして騒いでいた時の事だ。
 適度の酒に上機嫌でゲームをしていた。
「唯のゲームじゃつまんねえ! ボンゴレ式で、ビリの奴は一位の奴のいいなりで罰ゲームな」
 家庭教師様の理不尽な一言に、山本と笹川がおもしろがる。家庭教師様が言いだした時点で抗う術はない。そうしてお約束のように、綱吉はそのゲームでビリになってしまったのだ。
 冷たい床に正座で座る綱吉の前、普段はボスが座る為のふかふかの最高級の椅子の上で足を組んだ家庭教師様はにんまりと、こんな時でもため息が出そうな程美しく微笑んで、ちょっと隣まで行って、雲雀の唇奪ってこいよとおっしゃったのである。


 ブロロロロ!
 バイクのエンジン音が聞こえた気がして、綱吉は悲鳴をあげるとさらにアクセルを踏み込んだ。メーターは既に200キロを超えて振り切れている事に、動揺している綱吉は気がつかない。
 恐る恐るサイドミラー、バックミラーを確認して、小さく息を吐いた。

 なんだこれ、殺される! 逃げないと殺される、逃げろ逃げろ!

 普段ならば、それこそボスのプライドすら放り出して、地に頭がめり込む勢いで土下座をしながら勘弁してくれと乞う処なのだが、残念な事に綱吉は、この時酷く酔っていた。
 十代目ええ! と雄叫びをあげる獄寺、真っ赤な顔で笑う山本その他守護者にふにゃりと微笑むと。
「沢田綱吉、いっきまーす!」
 右手を高々と上げて宣言しながら、不可侵条約も吹っ飛ばして隣の施設。風紀財団地下研究施設の委員長の私室まで行ってしまったのである。

 先程から綱吉の心臓のドキドキは止まらない。
 一拍ごとに己の死のカウントダウンがされて行くようで、背中を冷たい汗が流れる。

 もうやばい! 俺死んじゃう、いっそ殺してくれ!!

 委員長雲雀恭弥様は、最早見慣れた浴衣姿。行燈の形を模した電気ランプの光を頼りに、静かに読書を楽しんでいた。
「ひっばりさーん! こんばんわあ」
 酒が入っていたって普段なら出来ない態度で、すぱーんと障子を開けた綱吉は、突然の侵入に不快感を露わにして睨んでいる雲雀に微笑んだ。嫌だなあ、怖い顔しないでくださいよと言いながら近づいて、雲雀の頬をがしりと抑え込むと、トンファーを取り出す間すら与えずに、その唇にむちゅーっと吸いついた。

 むちゅーって何?
 俺一体何やっちゃってんの!? もうダメだ俺はダメだ。

 ファンファンと音が鳴る事も気にせずハンドルを叩いて、綱吉は頭を抱えてハンドルに倒れ込む。それから、雲雀の顔を思い出して慌てて顔をあげた。
 最早挙動不審どころか頭がおかしいと心配されそうな動作で素早くサイドミラーバックミラーを確認。緩んでしまったアクセルを再び深く踏み込む。

 逃げろ逃げろ!

 心地よい酔いのはざまで、柔らかい唇に触れる。
 そういえばこういう事ご無沙汰だなあ。やっぱり体温はいいなあ、あったかい唇はいいなあ。
 へにゃりと微笑んで、上唇を軽く挟んだ。
 んー……ん? そう言えば俺、誰とキスしてるの?

 酒と唇にふにゃふにゃになっていた綱吉は、そこでそっと目を開けて、弾かれる様にがばりと後ろに退いた。
 退いた勢いで、思い切り畳に腰を打ちつけたのだが、その痛みすら気にせずに、綱吉は目の前の雲雀を見る。

 何、雲雀さんのあの顔!?
 真っ赤になっちゃって、漸く手の甲で唇押さえて!
 あれって本当に雲雀恭弥?
 理不尽と暴力の具現化、最強の男雲雀恭弥??

 一瞬で酔いの冷めた綱吉は、ごめんなさい! と叫びながら、慌てて風紀財団の施設を抜け出した。
 ボンゴレの敷地に戻って来て、守護者や先生に罰ゲームを済ませた事の報告すらせずに、車のキーを掴むと夜の町へハイウェイへ、猛スピードで飛び出したのだ。

 雲雀さんのあの顔!
 まるで、俺の事が好きみたいじゃないか。

 研究施設を飛び出してから今まで、綱吉の心臓は車のスピードと同様に、ハイスピード。メーターぶっちぎる勢いでドキドキを鳴らし続けている。

 やばい、やばいよ俺!

 思い出すだけで、顔が熱くなる。
 心臓の裏側をざわざわと何かが突いて来る。
 止まったらやばい!
 綱吉の中の何かは、もうすぐそこまで来ている。
 気づいてしまったら世界が変わる気さえする。

 俺は何も知らない! 逃げろ逃げろ逃げろ!!


 沢田綱吉の深夜のハイウェイ逃走劇は、朝日が昇って漸く立ち寄ったガソスタ。どういう訳か待ち伏せをかましていたとある財団のトップに車から引きずり降ろされて、終結するまで続くのだった。
作品名:ロマンスカーで逃避行 作家名:桃沢りく