この上ない幸せ
合鍵を使って家に入り、居間に面した廊下に立っている。
桂はその姿を見て、畳から立ちあがった。
そして、銀時の身体をわざと上から下までゆっくりと眺める。
「またボロボロだな、おまえ」
その身体には傷があり、血が多く流れた跡もあった。
こんな姿でこの家にやってくるのは、これで何度目か。
「ボロボロじゃねーよ」
言い返してきた。
いつものことである。
非難されたら、とりあえずなにか言い返さずにいられない性分なのだ。
「こんなのかすり傷だ。むしろ、男前度があがっただろ?」
「男前どころか、寄ってたかって袋だたきにでもされたようにしか見えぬ」
「袋だたきになんざ、されてねーよ! 迫り来る大量のショッカー相手に、ビシィィッと! カッコ良く! 戦ったんだよ!」
途中から話がねつ造されている気がした。
「与太話はもういい、傷の手当てをするぞ」
「与太話じゃねェ! 俺がいかにカッコ良く戦ったか、聞け……っ、イッ、イテー! 痛ェぞ、オイ、なにしやがんだ!!」
うるさいので、とりあえず眼についた銀時の耳を引っ張った。
銀時が畳にあぐらをかいている。
その正面に桂は腰をおろし、正座した。
持ってきた救急箱を横に置く。
救急箱を開けていると、銀時が動いた。
近づいてきたと思ったら、その頭が膝の上にドサッと落ちてきた。
膝枕で、銀時は眼を閉じている。
「おい、これでは傷の手当てができぬ」
「別に傷の手当なんざどーでもいー」
銀時は眼を閉じたまま、投げやりな口調で言った。
膝の上から頭を退かすつもりはないという強い意志が伝わってくる。
しかし、強引に立ちあがったり、たたき落とすという手もある。
どうしようか考える。
そして。
「……銀時、本当に大丈夫なんだろうな」
問う。
刀で斬られたらしき傷や、血の跡が、気になった。
「大丈夫じゃなかったら、ここじゃなくて、病院に行ってるさ」
たしかに、そうかもしれない。
一抹の不安はあったが、それを打ち消して、銀時の言い分に納得することにする。
「それで、一体、なにがあったんだ」
「……まァ、いろいろだ」
銀時は言葉をにごした。
どうやら何があったか話す気はないらしい。
だから、これ以上は聞かないことにする。
「なァ」
銀時が話しかけてきた。
「なんだ」
「決めてることがある」
その眼が開かれた。
「俺ァ、絶対ェ、オメーより先に死ぬ」
きっぱりと告げた。
その言葉の意味がなんとなくわかる。
死ぬのを見たくない、ということだろうか。
けれども。
「そんなこと、決めたところで、どうなるかわからんだろうが」
言い返した。
しかし。
「それで、そんとき」
まるで何も聞こえてなかったかのように、銀時は続ける。
「看取ったオメーに、幸せだったって、言わせてやるよ」
それは。
その言葉の意味は。
わかる。
わかるからこそ、戸惑う。
とっさに言い返す言葉が見つからなかった。
しばらくして。
「……ずいぶん自信があるんだな」
迷いに迷って、結局、苦い表情を作って、そう返事した。
すると。
「ああ」
ニヤ、と銀時は得意げに笑った。