愛している、愛していない
西日が差している。
重い雲のすき間からかすかに、それが執務机に向かうイギリスの頬に届く。このくらいの時間だと、イギリスはまだ電気をつけない。
今日は久しぶりに雨が降らなかった。
「それ飲んだらさっさと帰れよ」
ソファのフランスに目もくれずにイギリスは言う。右手から左手へ間断なく書類を移動し続けているが、とくに立て込んでいるわけではないだろう。時折ペンで何かを書き込んだり、朱肉にとんとんと判子を押し付けていたりもする。働き虫だなぁ、とフランスは思う。
「はいはい」
執務机の後ろに大きく取った窓のうしろに海が見える。波はおだやかで、たまにチカチカと空と会話している。その海面よりはややせわしなく、イギリスの前髪も揺れる。
書類のカサ、というがして、その瞬間にはもう次の書類の文字列を目が追っている。べつに今やらなくてもいいんだろうに、とフランスは思う。
「そういえばお前、傘」
「え」
海を見ていたつもりが、フランスはいつのまにかそのずっと手前の緑色を凝視していた。当然、顔をあげた途端にフランスと目が合ったイギリスのほうも「え」という顔をしていた。
「あ…わ、忘れてっただろ」
「…そうだっけ」
イギリスがまた書類に目線を戻す。フランスの眼前の紅茶からはまだ湯気がのぼっている。
「そうだろ、なんか変な柄のついた黄色い奴。あれ目障りだから早く持って帰れ」
「確かに、そりゃ俺のだな」
持って帰るとも帰らないともフランスは言わない。
そしてたぶん持って帰らない。カップに口をつけながら、フランスはイギリスがまたこっちを見ればいいなと思っている。
(ああそうか、)
海がまたチカチカと揺れて、イギリスの髪も揺れた。
ペンを持った右手の甲に筋が浮き出て、手首が机から浮いた。一語二語何やら書き込んで、すぐに左手が処理済の書類を掴み、ペンを離した右手は次の書類をめくっている。
(もしかして、)
そろそろ西日が途切れる。イギリスが電気をつけに椅子を立ったらば、いい加減帰ろうとフランスは思った。
(もうこいつと殴り合わなくてもいいのかもしれねえなあ)
フランスはそろそろ、その睫毛が揺れるところを間近で見たいなと思った。
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良好な友人関係。08/11/08
作品名:愛している、愛していない 作家名:万願寺