零れ落ちた時代の中で
第一章:副長補佐①
「好きな男性のタイプ?」
ファインダの中の整った眉が曲がる。
片桐はシャッターを切ろうとした手を止め、ズームアウトしてその全体像を眺めた。
中性的で涼しげな顔立ちは三十前とは思えないほど若く、少年と呼んでもおかし
くない雰囲気を漂わせていた。
しかし黒く彩られた長い睫毛と、ベージュオレンジの艶やかな唇から、目の前の人物は紛れもなく女だと確信する。
「護衛艦配備の美人WAVEときちゃあ、皆が知りたがることだと思うんすよっ」
片桐はカメラから目を離し、身を乗り出した。
いつもより三割増しの声のトーンである。
褒めるに限る。女性を取材する時の決まりだった。
この要領で陸自WACの取材も攻略した。簡単なもんだ。
自衛官といえど、美人と言われて喜ばない女がいるわけないのだから。
「任務に関係ないことは、お答えできかねます」
しかし片桐の法則に反する女はここにいた。
今だ眉を曲げたままの彼女は肩にかかる髪の毛を耳にかけると、うんざりといったように腰を上げた。
「え? ちょっと待って下さいよお」
片桐も立ち上がる。
取材は始まったばかりである。
「やっぱ、海自隊員のような逞しい人が好きなんすか?」
「あなた」
醒めた目付きで片桐を見る彼女。
「芸能記者の方が向いているのでは?」
「はははっ! 実はピュリッツアー賞に見切りをつけたら、そっちに転向するつもりでしてね。そん時は――」
「失礼」
「あっ! 屋島副長補佐?」
士官室の扉は閉ざされた。
屋島未来。
海上自衛隊 みらい航海科 一等海尉。
海自内では言わずと知れた有名人だ。
護衛艦勤務のWAVEは非常に珍しい上にあの恵まれた容姿とくれば、黙っていてもその存在が取り沙汰されるのは必然である。
しかし当の本人は、そんな周りの反応などまるで気にとめることなく、その性格は端整な顔立ちが勿体ないくらいに淡白で素っ気無い。
先に取材した副長の角松二佐もさほど愛想のよいと言える人物ではなかったが、彼女はそれ以上。
まあこんなむさい所で女がやっていくには、これくらいでないと勤まらないのかもしれない。
「それにしてもここまで極端とはな」
片桐の瞼の裏にはキャッチセールスでも断るかのような、冷やかな彼女の視線がまだ焼き付いている。
ページ半分にも満たなかったインタビューを記録した手帳と、長年使い慣れたニコンを鞄にしまい始めると、再び士官室の扉が開いた。
認識帽を後ろ向きに被った男。
その男はすぐに片桐の存在に気づくと、よお。と片手を上げ親しみのある表情を浮かべた。
「片桐さん。こんな所で何してんだ?」
「尾栗航海長」
作品名:零れ落ちた時代の中で 作家名:屋島未来