切れない契り
01.出会い
退屈でつまらない日々。欠伸を一回するたびに死んでいくようだった。
平和は良いのか、悪いのか、時々よく分からない。本音、自分は好きになれないのだろう。多分平和過ぎてつまらない毎日よりも、違うものを求めていた。
そんな中、最近自分の周りに少しだけ変化があった。
小さな赤ん坊が現れ、どこかのマフィアのボス候補であると告げられてからだ。
周りが急速に変化を始め、自分の中でも何か変わりつつあることを感じていた。
退屈な毎日から、少々スパイスが効いた毎日に。
面倒だと思いながらも、自分は楽しんでいた。
「凪、アイスでも食べますか」
横に並ぶ小さな存在が僅かに頷いた。
凪と買い物は久しく、最近は妹をないがしろにし過ぎていたな、などと反省させられる。
何かとイタリアから来た千種と犬たちが家に住むようになってから、二人と過ごすことが多かった。そして赤ん坊――家庭教師であるリボーンの修行(?)も段々と回数を増していた。それに加え、ファミリー探しと称し、並盛中を始めとした近隣の強い人間と片っ端から喧嘩をさせられる日々。
アイスを選びながら、思えば久しぶりの休みではないかとふと気付く。
「私は」
アイス屋の制服を着ている笑顔絶えない店員に向かって、自分と凪の分の注文を告げた。店員の女性はにこりと営業スマイルを見せ、「少々お待ちください」と頭を下げる。その頬がほんのり色を赤くさせていることに兄妹は気付くが素知らぬふりをした。
「おやおや」
アイスを一生懸命にすくっている店員を横目に、骸は可笑しそうに呟く。
「兄さんは女の人興味ないのに」
透明なケースに入った数十種類のアイスを凪はどこか物言いたげに眺めている。
「人聞きが悪いですよ凪。それではまるで僕が男にでも興味があるように聞こえるじゃないですか」
「興味あるの?」
「ないですよ」
「女の人連れてこないから、一回も、いないの?」
二人の会話が聞こえたらしく、後ろに並んでいた女性二人組がぎょっと表情をつくっていた。「男に興味ある」だけが聞こえたようで、気付いた骸は会釈の代わりに微笑んでみせた。
小さな悲鳴を上げて、真っ赤になった二人を横目に凪は何とも言えないため息を溢す。
「兄さんは女の人を操るのが上手」
人聞きが悪い、と骸は喉で笑う。
「今は別に必要がないだけです」
凪は常に無表情ではあるが、見上げてきた瞳には何かの感情を滲ませる。
心配されているのか? 複雑な気分になり、言いたいことが何となく分かるために空に視線を泳がせながら首筋辺りを撫でた。
「ああ出来たみたいですね」
凪の視線をなるべく自然に躱し、受け取ったアイスを渡して店を後にする。後ろから「ありがとうございました」と軽快な声が聞こえた。
「話を逸らしたわ」
アイスを一口食べながら、いつもよりしつこい妹にどうするべきか思考をぐるぐると回す。
溶けはじめるアイスの存在を忘れ、無言の見つめ合いという修羅場を切り抜けるべきか――助け舟を出してくれる千種は残念ながらいない。
自分に恋人がいないのがなぜ不満なのか、検討もつかなかった。
「やっぱり兄さんは――」
「凪、それは」
続けて発せられる言葉が何か分かるため、慌てて被りを振って否定する。
ここは譲ってはいけないところであるのだから。変な誤解は早めに否定し正しておかないと大変なことになってしまう。
凪の前に立ち、ぽかんとする妹の肩を掴むと、いつになく真剣な表情で深刻そうな声音で念を押そうとした。
「な」
「あっ、あ、ぶ、ないィいい!」
凪と呼ぼうとしたのか、突如背に何かが激突して来てその反動に地面を転がったことに驚いた叫び声だったのか。
どちらにせよ間抜けな声を上げて地面に転がった。無自覚の内に、耳元でしかも大音量で叫んでくれた相手を抱き込むようにして。
「兄さん!」
呆気に取られていた凪は我に返るが、アイスを握り締めてオロオロするしか出来ない。
下敷きになっている骸は背の痛みに眉を潜めながら最悪だと胸に思う。腕の中を見れば、顔は伏せていて見れないが小柄で、性別が分かり難い服装――子供であろうか? 倒れている自分達の横にはキャリーバックが転がっている。
「いててて……」
幼さ残る女にしては少しハスキーな声音。
「怪我は無いですか?」
本来は自分が言われるべき台詞だが子供相手にそれは大人気ない。凪の手前もある。
全く最近の親は、と毒づく本音など微塵も感じさせない笑顔を浮かべた。