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そんなの、忘れた。

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森には年季の入った古い林檎の木がある。

幹はがっしりとしていて一人では抱えきれないほどの太さがあり、

そういう種類なのか、誰かが枝を打ち落してしまってそれっきりなのか、低い位置に枝はない。

実が付いている枝は一番下にあるものでも大人がやっと手の届くような高さにあった。

   




丘の向こうにはちょっとした森があって、その向こうには綺麗な小川がながれている。


昔は良く来た場所だけど、今もあまり変わってはいないのね。

たったそれだけのことだったけれど、知らず知らず頬が緩む。

そうして、懐かしいような暖かいような気持ちになりながら、けもの道を進んでいると。

久し振りに来たのだというのに、

よりによって一番会いたくない男と鉢合わせしてしまった。

そいつは一瞬驚いたような顔をみせたものの、

悪びれもせず無遠慮に枝から実をもいでかじり始めた。




  *     *     *



そこは大きな林というか小さな森というか、

とにかく小さな子供が一刻くつろぐには十分な広さの場所だった。

「おい。あの木見てみろよ。」

ここのところ良く訪れるくすんだ金髪をひとつに括った少年が片割れに声をかける。

「ん?林檎か?なんだよ上の方にしか枝がないのか。」

声をかけられた方はつまらなそうに返事をする。

「ああ。俺たちには届かない高さだよな。まだ。」

だから。大きくなったら食べに来ようぜ。

ああいうのは甘いって相場が決まってるんだよ。

なぜか偉そうに言う金髪に対してもう一人は怪訝な顔をした。

「ってか別に登ったらとれそうじゃね?」

「ばーか。下から直接とるのに意味があるんだよ。」

そんなだからお前はずっとちびなんだ。

なんだと。お前だってちびじゃねーか。

やるか。

望むところだ。

そんなとっくみあいをした後、くすんだ金髪の少年は笑って、

「取り分は半分ずつだ。」

と言った。



  *     *     *




川とも呼べないような小さな流れの先に、大した深さもない森があって、

その向こうには丘がある。


長い間訪れてはいないが、まぁたいして変わってもいないようだ。

久し振りではあるが、迷うようなこともない。

まもなく目当ての場所に着くと、そこには先客がいた。

思わず目を見張ったが、気を取り直して目の前の木の枝から実をもいでかじる。

若い女が一人でこんなところにのこのこやって来ていいのかね。

こいつは時々こうやって無防備だ。

いつも女らしく、優雅に振舞おうとしてる癖に。

それとも森に軽装で乗り込むのはお上品なことなのか?

正直言って理解に苦しむ。




そんな事をつらつらと考えていると、

女はあっという間に手の中の果実を奪い取った。



「半分こって言ったでしょ。」





俺はかなり間の抜けた顔をしていたらしい。

女は呆れたように肩を竦めてもと来た道をもどっていく。



口の中にはまだ林檎の味が残っていた。何が甘いだ。すっぱいじゃねーか。
作品名:そんなの、忘れた。 作家名:shelly