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アゲハ蝶

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強い強い日差しの中。
陽炎の揺れるアスファルトの上。
足元に。

ぱさり、と落ちた。

鮮やかな彩り。
魅惑的なその姿。
およそ空を舞うときと変らない形を留めたまま。





―――あぁ。
こんな風に死ねるなら。





否、そう考えることなどほとんど冒涜なのです。
この美しい蝶への冒涜。
自分はこのような美しい容姿など持ち得ていないのだから。
ただ、目の前にあるその姿があまりに悲しくて虚しくて、泣いてしまいそうだったのです。
かすかに揺れる羽は、まだ生きている証なのか、それともただ微風に揺れているだけなのか。
それすら判りませんでした。



夏の強い日差しが堪える。
頬に汗が伝い、背中や首の後ろなど、どうしても汗ばんでしまい不快感がつのってしまいます。
そのような中では思考もたやすく溶けて、とりとめの無い穴だらけの不恰好なものになってしまう。
何について考えているかといえば、自分の目の前で力尽き未だ横たわる蝶の事でした。
目の前で落ちた蝶に触れるかどうかについて、いくらかの時間をかけて考えていたのです。
そうするうちに後ろから、あるいは前から、ただ地面を見つめて立ち止まる自分の姿に奇異の目線を感じながら、背中には決して日差しの所為だけではない汗が伝っていました。
そして蝶を見ているうちに、羽こそ揺れるだけであるものの、僅かに、そして確かに昆虫らしい6本の足がもがいていることに気付いてしまったのです。

生きている。
まだ、生きている。





ただ、もうすぐ死ぬ。





この世界のほとんどの生物が、死と言う概念について何も知らないで生きているといわれています。
いつのまにか絶えてゆくだけなのだと。
そして逆に死と言う概念について囚われすぎているのは、自分達自身、つまりは人間であるのです。
死ぬ時も死に方も、選ぼうと思えば選べる。
ただし死を想うこと以上の葛藤と恐怖がそこに存在する事もまた知っています。
だからこそ、自分はきっと何も解らず、しかしそれを静かに受け入れる目の前の蝶を羨ましいと思ったのでしょう。
自分の中では死にたいという願望と行きたいという欲求が常に競り合っている。
いつ、どちらが勝つのか。

―――それが解るのは死ぬときなのであろうという矛盾。

そして願望を遂げたいという文字通りの願いに最終的にはそれを阻む欲求。
そしてそれを衆目に晒す自分。





なんて、汚い。





「先生?」
背後からかけられた突然の声に思わず身がすくみました。
『先生』、と言う呼び方であるのから今自分の後ろに立っているのは恐らく生徒であり、そして落ち着いた、どこか安心感すら覚えるこのきれいな声は。
振り返ると、そこには自分の受け持つクラスの生徒がひとり立っていました。
「久藤君ですか。こんなところで何を?」
すると、久藤准というその男子生徒は、口元を隠しながら珍しく、くすくすとおかしそうに笑いました。
笑顔の名残で細められた目。
それを縁取る長い睫毛が印象的な整った顔立ち。
彼なら蝶のようにでも―――。
その先があまりにも不謹慎であると気付き、なんとか思考が進むのを止めます。
「先生こそ、こんなところで何を?僕は通学しているところなんですが。」
「え、あっ!」
そう、まさに自分も通学、もとい通勤途中。
こんなところで立ち止まり、思考の波とささやかな絶望に身を任せている場合ではなかったのです。
「な、なんでもありませんよ。ああ、急がなくては。」
当然、学生より教師の方がタイムリミットは短いわけで。
腕時計を覗き込みながら急に現実に意識を戻そうとあたふたしていると、久藤准という生徒はいつのまにやら回りこんで、こちらの足元を確認し、小さくなるほど、呟きました。
そうして片膝をアスファルトに付き、つい先程まで自分が心も思考も全て奪われていた瀕死の蝶に、そう、と両手を伸ばし。
優しく掌に包んで、いつ人や車が踏みつけるかわからない道の真ん中から、道沿いの家の塀の、丁度庭木で木陰になっていた場所にその蝶をまた優しく、横たえたのです。





「これで大丈夫ですね?」
そうこちらを振り返った彼は驚いたように目を見開きました。
無理もありません。
その彼の一部始終の動作を見ていて、思わず自分の目から涙が溢れていたのですから。
それを拭うことも出来ずに木陰の蝶をただ見つめていると、いつのまにか彼はこちらに近づき、先程蝶を救い上げたその手のその指でその涙を拭い、

「先生は、お優しいんですね。」





そうひとこと告げて、微笑みました。




作品名:アゲハ蝶 作家名:ワタヌキ