セイ・グッドバイ
改めて考えてみるととても漠然としていて。
信じる?とマトモに聞かれても、困る。
じゃあ、占いとか、おまじないとか、信じる?
それはどうかな。
私はやっぱりそこは、これでも女子高生なので。
信じるとか信じないじゃなくて、そんな話を叶絵たちとするのは、とても楽しい。
でも、魔人には出会った。
魔人はいた。
神様とか悪魔とか、それらに先導される占いとかおまじないとか、その全てはただただあやふやで漠然としていても。
目の前にいたら、信じる信じないじゃない。
魔人は、いた。
それを知ってしまうと、じゃあ、神様とか悪魔とか占いとかおまじないとか、それは本当に在るのかな。
そんなことを少し本気で、考えて、しまう。
「魔界は在るし、魔人はいるぞ。この通りだ。殴りすぎてボケたか?」
ただの興味だけれど、ネウロにそんなことを聞いてみた。
そして小さなため息と、大袈裟な身振り手振りにつかつかと私に近づいたかと思うと張り倒されて事務所の床に私の顔はへばり付いた。
「だが神か。知らんな。少なくとも我輩は見たことはない。」
「うん。」
床から顔をあげて、鼻をさする。
こいつとずっと一緒にいたら、顔まで平たくなってしまいそうだ。
ちょっと待った。顔まで、なんでとうとう自虐的な表現にまで至らなければならないのよ。
「そうか、神・・・おもしろそうだな。地上の謎を食い尽くしたらそいつの謎でも解きに行くか。」
「・・・うん。」
あきれて相槌が少し遠ざかる。
なんだ、結局は食べることばかり・・・それはあまり人の事・・・ネウロのこと、言えたことじゃないけれど。
「しかし現時点ではそれもあまり美味そうにはないな。」
「・・・どうして?」
誰も知らない、解らないことじゃない。
それってアンタにとってはとても魅力的なご馳走じゃないの。
「毛ジラミ。」
「え。」
また見も蓋も遠慮もない罵倒。
「お前達人間・・・少なくとも我輩が地上に来て知ったかぎりでは、神とは所詮都合よく人間個人の中に現れたり消えたりする象徴だ。」
「・・・あ、」
そうか、神様のおかげとか、神様のせいだとか、そんな都合のいい存在。
それもいつも誰の中でも別の形をして。
「それもそっか。」
そこでひとつ、思考がふわりと飛ぶ。
・・・あの人の中には、きっと神様なんて居ない。
確信が持てるのは、私がそうだったから。
お父さんが死んだ。
殺された。
どうしてお父さんだったのか、神様がいるなら聞きたかった。
お父さんを殺した犯人は、私の笑顔のせいだと言った。
どうして私だったのか、神様がいるなら聞きたかった。
聞きたいことは、もっともっとたくさんある。
ネウロと出会って、たくさんの人と出会って、いろんな事を、知った。
全部全部全部、聞けるなら聞きたい。
でもそのたくさんの人達は、きっとそのほとんどが、神様なんていないと思ったから私は出会えたような気さえして。
そう考えるなら。
「弥子ちゃん?」
抑揚の無い、でも落ち着いて聞き慣れた、私を呼ぶ声。
「笹塚さん。」
振り向くと、また見慣れたいつものスーツ姿。
夕暮れの西日をあびて、その薄い色のスーツはオレンジに染まって。
着ている本人もまるで捨ててしまったように色素の抜け落ちた外見をしているから、髪も肌も目もタバコを挟んだ指先もオレンジに染まって。
「あ、今事務所から帰るところで・・・。」
この人の落ち着いた声は、最小限の言葉で私に問いかける。
だからその無言の問いかけに応える。
「気をつけなよ。時間は早くても、夜道に女の子ひとりで歩くもんじゃない。」
相変わらずの無表情。それからこれ以上無いと思うような優しさ。
「はい、最近日が落ちるの早くなってきたから・・・。」
今は一面のオレンジ。
でもきっと数分もすれば、夜の暗闇に変る。
「送ってくよ。」
ぎりぎりの明るさの中で吐き出されたタバコの煙が見える。
「そんな大丈夫ですよぉ!こんな貧相な女子高生誰も見向きもしませんって!」
いつの間にか隣に立っていた頭1、2個分上の顔にひらひらと手を振って茶化して遠慮する。
遠慮?本当は拒否に近い。
この人がしようとしていることへの。
「弥子ちゃん。」
もしかしたらそんな心の奥の思惑がバレたのかもしれないけれど。
「何かあってからじゃ遅いんだ。」
そう、この人はきっと神様を信じない。
期待もしない。
ただ一度の絶望がきっと死ぬまでこの人をそうさせる。
この人の心の中に、神様が居つくことは、無い。
「送ってくから。」
西日が強く差し込んで、どこか別の場所を見ている顔に影を作る。
隣に立つのにこの人の表情は見えない。
見えなくても、きっと無表情で、それはわかる。
でも珍しい強情さが、少しでもこの人の目に宿っているなら見てみたい。
「じゃあ、よろしくおねがい、します。」
逆に勝手に私の声は消え入るような小さな音にしぼんでしまって。
それはどうしてだろう。
この人の中にも私の中にも、神様は居ない。
いるのは自分ひとりだけ。
それが寂しかった?急に弱気にさせた?
だから、今度は顔を上げて声を張る。
「ありがとう笹塚さん。」
この人にも私にも必要ないのだと、どこかに居る神様にそう主張を込めて。
***
さようなら、は神様に。