目が合うと、どうしていいのかわからない
それに一部の人間が驚いたように足を止めたりそちらを見ているが、残りの人間たちは一瞬だけ意識を向けてすぐに何事もなかったように動き出す。この街の住人にとって池袋の喧嘩人形が暴れているのは日常風景だからだ。
だから日が浅いとはいえ、この街の住人の一人である竜ヶ峰帝人にとってもそれは見慣れてはいる。しかしそれでも彼にとってそれは立派な非日常なので、いつもつい足を止め引き寄せられてしまう。
「ちょ、帝人!やめとけって!」
親友が幼なじみを危険地域から遠ざけようと奮闘するが、それでも帝人はふらふらと騒ぎの中心へと向かっていく。野次馬たちの間をすり抜けバーテン服の青年が見えるところまでくると、丁度近くにあった街灯を引き抜いていた。そのまま大きくフルスイング。若い男が冗談のように空高く舞って地面に落下した。
相変わらず、まるで漫画か何かのようにありえない光景だ。しかし紛れもなく目の前で起きている現実に帝人は目を輝かせる。
飛ばされた男を置いて逃げようとした別の男に向かって静雄が街灯を投擲すると、男の足下の地面を破壊しながら突き刺さった。腰が抜けたらしい男に、派手なスーツの男が近づいて話しかける。その上司の登場で静雄の仕事も終了らしい。先程までの暴れぶりが嘘のように大人しくなり、それに周囲の野次馬も三々五々散っていった。
「ほら、帝人。終わったんだからさっさと行くぞ」
心配して一緒にいた正臣が帝人の腕を引っ張る。今度はそれに逆らわずに帝人も歩きだそうとした。
「竜ヶ峰」
低い声が帝人の名を呼ぶ。正臣のものよりも低いそれは、先程まで唸り声のような叫びを発していた騒ぎの中心人物のもの。だがその声は先刻と違い穏やかである。そのように平和島静雄に呼ばれ、帝人も正臣もそこから動くわけにはいかなくなった。
「こんにちは。平和島さん」
「ああ。お前らいま帰りか」
「はい。平和島さんはお仕事お疲れさまです」
きちんと挨拶をすれば普通に返してくれる。平和島静雄は、キレていないときは穏やかで静かな青年なのだ。だから帝人も普通にいつものように礼儀正しく接している。
話しながら静雄を見上げると柔らかい表情で帝人を見ていた。少し微笑んでいるようにも見える。そんな静雄に周囲の何人かがざわついているような気もするが、帝人にはそれを気にする余裕は今なかった。
目があうとさらに静雄の瞳が優しくなったようで、どうしていいかわからず帝人はさりげなく視線を動かす。
最近、静雄に声をかけられることが増えたと思う。知人に声をかけること自体は、起こっている時以外は常識人である彼なのでおかしなことではないし、それはいい。帝人も静雄と話すのは好きなので問題はない。だが、その時この青年から向けられる柔らかな瞳は苦手だった。
いつからそうなったのだろう。気がついたら、視線があうと静雄は柔らかい瞳を帝人に向けるようになっていた。優しい、柔らかなそれはいつも彼が言葉にはしない何かを孕んでいる気がして帝人は落ち着かなくなる。だから、その瞳は苦手だ。
でもそう思うのに、静雄がいるとわかると帝人はそちらへと足が勝手に動いてしまう。きっとそれは平和島静雄が帝人が憧れる非日常の象徴だからだと思うのだが、別に彼だとて常に暴れているわけではない。それでも気がつけば見てしまうのは、近づこうとしてしまうのは、どうしてなのか。そう疑問に思ったこともなくはない。だがすぐにあえてその理由を考えないようにした。帝人にとって、今のこの距離感はとても心地よいもので、それで十分なのだ。
目が合うと、やっぱりどうしていいのかわからなくて、つい逸らしてしまうのだけれど。きっと明日も帝人は静雄を見つければ、その近くへと行ってしまうのだろう。
目が合うと、どうしていいのかわからない
title by リライト
作品名:目が合うと、どうしていいのかわからない 作家名:如月陸