うそかまことか
「やあ、今日はひとりなんだ?」
「今から合流する予定だよー」
うさんくさい笑顔だなあ、と思いながら、絵理華は臨也の、挨拶がわりのような質問にこたえる。「イザイザは、今日も元気そうだねー。笑顔がかがやいてるよ」「それはどうも。でも今、うさんくさい笑顔だって、思ったんじゃない?」そのとおりだったので、彼女はちょっとおどろいた顔をしてみせながら、そのあと笑って、素直に頷いた。
「うん、思った。相変わらずすごいね。人の心よめるの? それとも、わたしがサトラレだったりして」
臨也は肩をすくめてみせる。どっちでもないよ。彼女は、必要に応じて嘘をついたり、自分を繕ってみせたりするけれども、諦めや開き直りに対してだって、おどろくほど従順だった。男は彼女のことを、とくべつ好きでも嫌いでもないけれども、そういった素直な部分には、幾ばくかの関心を寄せている。このような女が、どういったことに対して頑なに固執し、何に対して強い拒絶を行うのか、みてみたいとも思う。
その人間の、本質に近いところにあるものを取りだそうとするとき、彼はいつだって、意図的に隠されたものを見つけ出さなければならない。たとえば執着、欺瞞、拒絶、嫉妬、そういったような、欲望に付随するものたち。人はみな、本当に欲して願っているものを、隠したがるものだ。欠片だけ、それがすべてだといったような顔をして、繕っているけれども、他人に、暴かれるのを恐れている。そのようなものは時には秘密と呼ばれたりする。人のもつ秘密を暴くのが、好きだと、臨也は思う。ずっと隠し守っていたそれを、世に曝されそうになった時の、人の感情や行動は、その人間の本質により近しいものであると考えているからだった。彼は、人間を愛している、と公言している。その愛の対象について、すべてを知りたいと強く願うことが、いけないことだと、どうしていえるだろうか?
「ねえイザイザ、いま、よからぬことを考えてるでしょ」
人々の多く行き交うその街の、一角で、立ち止まってつまらない世間話をしているだけの男女、他人の目からみたら、彼らはそういったものであるはずだった。ありふれた光景、シチュエーション。
「そんなことはないよ。ただ、寿司が食いたいなあって思ってた」
うそつきー。にやりとわらって―――それが彼女の平生の笑顔なのだけれど―――絵理華は、臨也の脇を小突くようなかたちのジェスチャーをしてみせる。彼は内心すこし驚いて、彼女の顔を見下ろした。こんな風に、ふたりで話すのも、あまりないことだったから、絵理華の態度はどこか新鮮味を帯びているように感じられる。
「いや、やっぱり、半分うそで、半分本当だ」
「どっちがうそでどっちが本当なのかな?」
からかうように尋ねる彼女に、臨也は、再び肩をすくめてみせるだけで答えた。黒い帽子の陰にかくれた眉は、きちんと整えられて、きれいなかたちをしている。彼女は美しい女ではないと思うけれども、それとは異なった種類の魅力というものが、おそらくは備わっているのであろうと男は考えた。その周囲の人間が、彼女に対して特別な好意を寄せているのかどうか、それは今は彼の興味の対象ではないけれど、そのうちに、探りを入れてみるのも良いかもしれない、とさえ思われる。
「ほら、その顔! やだなあ、だから、ひとりでいるときにイザイザと会うの、嫌だったんだよね」
「ひどいな。結構悪くない顔だと自分では思ってるんだけどね」
「何も考えてさえいなければ、なかなか悪くない顔だと思うよ」
「それは俺に死ねって言ってるの?」
臨也との応酬に、あはは、と絵理華は声をあげて笑う。友人同士の、ささやかな冗談の言い合い。そんなふうに、周りの人間からは、きっと見えていることだろうと臨也は思う。彼も同じようにして、その偶然の生み出したひと時を楽しんでいるといったふうに笑った。
「ところで、どうして俺と二人で会うことが嫌だったのか、訊いてもいい?」
別れ際、じゃあねー、といって立ち去ろうとした彼女の背中へと向かって、そんなことを尋ねてみる。
「だって、みんながちょっと嫌そうな顔するんだもん」
臨也は笑った。「じゃあ、そのみんなに、いちいち報告しなきゃいい」
半分振り返って立ち止まっていた絵理華は、おどろいたように、目をまるくした。そうしてから、にやり、と笑みを浮かべる。いつもの、彼女の笑い方。「そうかもね」。互いに手も振らずに、彼らは別れる。それぞれの目的地へと向かって、再び、無言で歩きだす。