立ち尽くしてからの歩き方
選考試合の前に合同練習をするとかで、佐久間は朝早くに帝国の寮を出、夜遅くに帰宅する生活を送っていた。佐久間の振り分けられたチームは雷門中での練習だったので必然的に会う機会は失われていった。帝国の、いくつかある内の一つを使用して鬼道率いるチームが練習をしているのを、自分の練習の合間に見つめていた。どうしてもそのチームのGKに目がいった。一年生で、あの鬼道の背中を守る、GK。俺には手の届かない、あの位置。正直見ているのが辛かった。それなのに意識してしまう。がむしゃらに練習するなんてことをした。初めて、佐久間の気持ちが理解できたのだと思った。体が壊れるほどに練習を重ねて、上を、鬼道を目指していた佐久間を宥めたり、見守ったり、傍にいるのが常であったのに。ここに佐久間がいないことで知った。こんなに、遠く、遙か高みにいる相手を追うことが、どんなに苦しいか。どんなに怖かっただろう、どんなに不安だっただろう。あいつを守っているつもりでいた。あいつを守りたいと心から思っていた。少しでも支えになれるなら、なんて。自分の幼稚さに自棄になりそうだった。いつもの俺を見失っている。
息が詰まる帝国を抜け出した俺はいつの間にか、雷門中へと訪れていた。声がする。活気溢れる声。帝国とは違う、独特の雰囲気。校庭では円堂率いるチーム半分ずつに分かれ、試合形式に則った練習をしていた。長い薄氷色の髪は目立つ。すぐに佐久間を見つけた俺はその光景に釘付けになっていた。あんな佐久間を、俺は知らない。生き生きと、それでもどこか切羽詰まったように、ボールを追いかける姿。実力者に囲まれて常に全力でぶつかっていく姿。ぎりぎりの攻防戦を繰り返して高揚した姿。その光景から目を背けるように、外壁に背を預けた俺は痛い程に手を握りしめていた。『お前はいつも、そうやって手を握る。癖。GKなんだから手は大事なんだろ、ほら、爪が食い込んでる、無意識なのか?止めろよな』そうだ、これは佐久間に指摘されて気をつけていた、悪癖だった。それでも。俺の前に立ちはだかる壁をは余りに高く、のぼる術も分からずにただ途方にくれるしかなかった。
FWに佐久間がいて、GKに俺がいて。一年でレギュラー入りしてからずっと、真帝国にいっても変わることがなかった事実だった。後方から帝国の面々を、佐久間を見守る。当たり前だった事柄なのに。佐久間は鬼道を追ってどんどん進んでいく。いつの間にか俺は突き放されていたのだ。今更気付いても空いてしまった距離を埋めることが、出来ない。とんでもなく無力だ。
その後代表選考試合があり、結果、佐久間は日本代表に選ばれることはなかった。俺は佐久間がこれ以上放れることがないと知って、少しの安堵を覚えた自分に愕然とした。最低だ。あいつは、努力して、その先に掴み取らなかった代表の座を、惜しんでいるというのに。
しかし佐久間は帝国に戻ってくることはなかった。自分の課題を見つけたらしいあいつは代表選考で落ちた他の面々との練習や、個人練習に励み始めた。悔しかった。俺の力ではあいつの相手にならないのかもしれない。募る劣等感は佐久間との距離を離していくようで恨みすら覚えた。
そんな鬱々とした日々が続いた頃、予想だにしない人物が帝国学園にやってきた。以前の雷門を率いていた元監督、吉良瞳子だった。彼女は練習を一通り見学した後別室に俺と寺門と成神を呼びだした。そこで切り出されたのがネオ・ジャパンの話だった。
「あなたたちの実力、上手く伸ばせば、今の日本代表を超えることも可能よ。私のチームにいらっしゃい」
威厳のある、言葉だった。この人ならば、縋るような思いで俺は、その条件に首を縦に振っていた。佐久間、お前と同じ世界を再び見るために、こんな無茶をしても、許してくれるだろうか。
(放れていく事が
何よりも怖ろしいから)
(放れて追いかける
この道を選ぶ)
作品名:立ち尽くしてからの歩き方 作家名:7727