お前の涙は、見ないでいておいてやるから
ネオジャパンの日本代表をかけた試合が終わった。フィールドを後にし、仲間内だけになった時、悔しそうに顔を歪ます者がほとんどだった。厳しい練習を続け、絆を深め合った仲間同士、不甲斐ない思いや、やはりやりきれない思いというものは残る。現時点では無理に明るく振る舞ったり、次を見据えるでもなく、ただ、肩を叩き合うことしか出来ない。重い空気のロッカールームにおいて、口数は決して多くなかった。一番悔しいであろう砂木沼は着替えようともせずに、長椅子に座り込んで深く思案しているようだった。その様子を眺めていた源田に、そして皆に一言「すまなかった」と言葉を落とすだけだった。
「お前の采配は劣っていなかった、俺たちはお前に付いてよかったと思っている」
静寂を割り、源田がそんな声を上げる。他の面々も頷いて砂木沼の周囲を囲っていた。砂木沼は強い。きっとすぐに次へ進むのだろう。自分たちの挑戦も終わっていない。そんな思いで仲間達の悔しそうな顔を眺め、言葉を交わした源田が帰路についたのは、陽が落ちて周囲に宵闇が迫った頃だった。同じ寮生活の成神や寺門は既に帰宅している。成神のことは寺門に任せて大丈夫だ。そんな事を考えながら、仲間の悔しそうな表情を思い浮かべた源田は、星がほとんどない空を見上げた。
帝国学園は無敗だった。言っても試合に負けるというのは中学では三回目の体験である。たかが三回。源田は自分が過去、小学生の低学年だったときに試合で負けたことを思い出した。それ以来、雷門との再戦まで、負け知らずだった。一回目の雷門中への敗退、あの時は影山との決別などで酷く爽やかな心持ちだった。二度目の敗退は、全宇子との戦いである。圧倒的な実力の差は悔しさを越えた絶望があった。そんな経験をした今、源田は仲間が敗退の悔しさに身を震わせている中、どういった心持ちでいればいいのか今一分からなかった。自分の感情が起こらないのである。ただ、仲間の苦渋の顔に、ゴールを破られた不甲斐なさを感じるばかりであった。
雷門中の敷地を後にして帝国への道のりを歩く。バスや電車を使う気にはなれなかった。今日の試合を思い起こしながら歩みを進める先、小さな公園を通った。そこでどこからともなく聞こえてくる、帝国の校歌を耳にして立ち止まる。最強を誇る、威厳に満ちた、堂々とした歌詞、曲調。心地好い、謙虚な歌声に導かれるように公園へと入っていった源田は、ブランコに座りながらサッカーボールを抱えている佐久間を目にした。正直、日本代表選考で戦っていた佐久間とは顔を合わせ辛かった。しかし自然とそちらへ向かう足はどこか、縋り付くようだった。
「源田」
ワンフレーズを歌い終えた佐久間は源田に視線を向けることなく、前を見据えたままその名を呼んだ。導かれるように佐久間の眼前に立ち尽くした源田は、何も言えずに唇を噛んでいた。先程まであれだけ、仲間を激励していた口が、今では酷く渇いている。
「げんだ、」
口角を上げた佐久間の、優しい口調に込み上げてくる熱いものに、源田は動けなくなっていた。そんな相手の手を引いた佐久間が、体勢を崩して前のめりにもたれ掛かる源田を抱き締めた。反動で膝から落ちたボールが、静か過ぎる周囲に僅かな音を響かせる。
「お前、いいんだぞ」
抱いた肩越し、頭を撫でられながら、源田は息を詰めた。だめだ、これ以上は。
「悔しがって、いいんだぞ」
次の瞬間、怒濤のように押し寄せてきた嗚咽に、源田は堪えきれず佐久間を抱き締めた。みっともなくて、特に佐久間には見られたくなかった涙を、相手の肩の向こうに隠して、源田は控えめな嗚咽を吐き出し続ける。
「頑張ったんだろ?」
背中を撫でる佐久間の手が、温かかった。
「沢山、努力したんだろ?」
不甲斐ない、悔しい、無意識にした蓋がゴトン、と完全に落ちる音を源田は耳にした。
「知ってるよ、知ってる」
無性に謝りたい気持ちになりながら、それでも言葉を紡げない源田はひたすら、縋るように佐久間を抱き締めている。悔しい。悔しいに決まっている。佐久間にさえ、置いて行かれそうな心持ちになりながら、どんな思いで代表選考試合を見ていたか。どんな気持ちでイナズマジャパンの活躍を見ていたか。それから今回のチャンスの元で、それこそ血の滲むような努力を積み重ねてきた。それでも、辿り着くことが出来なかったのである。なりたかった、日本代表に。戦いたかった、世界を相手に。
「悔しいな、分かってる。でもさ、頑張った、そうだろう?
……幸次郎、お前は偉いよ」
純粋なその言葉に、源田はもう嗚咽を抑えることはしなかった。ごめん、なんて的外れな謝罪をする源田に、しょうがない奴だな、なんて憎まれ口を落としながら、佐久間は相手の嗚咽が収まるまで、抱擁を止めなかった。
お前の涙は、
見ないでおいてやるから
泣きやんだらまた、俺の方を甘やかしてくれよ
作品名:お前の涙は、見ないでいておいてやるから 作家名:7727