疑う余地のない
正直、綱海といるのが辛い。辛くて仕方ない。
思えば物心ついてから十数年間、俺はその多くの時間を寮生活という名の下独立して生活をしてきた。両親は共に海外を飛び回り、年の離れた兄は学業に集中するばかりの日々であった。俺は俺のためにテストで良い点をとり、俺は俺のためにサッカーを上達させていくのである。褒めてもらうため、という感覚が全く分からなかった。面談や休日帰省で親と再会することを心待ちにする周りが理解しがたかった。無論両親には感謝をしているし、自由にさせてくれる分有り難いとも思っている。今の俺があるのは家族のお陰でそこに確かに愛はあるのである。だがしかし、こんなことを何の躊躇もなく宣ってしまえるということ事態が少し世間の感覚とずれているのだという。俺はやはり、それが理解できなかった。
自分のことは自分で。非効率的な他人に頼る必要性が感じられない俺は何でも一人でこなしていた。それでよかった。そのことに、何の不自由も感じなかったのに。
それなのに。
完全無敵、無敗記録を打ち立て続ける帝国学園サッカー部が、二度目に敗退した時、俺は人生で初めての壁にぶち当たった。鬼道さんとの、距離。離れていく、距離。分かっていた、理解はしていた。俺とあの人の間にある、目も眩みそうな距離、溝、距離。でもそれを埋めるべく努力らしい努力を俺は積み重ねてきた、つもりだった。しかし雷門へ編入した鬼道さんが活躍の場を広げる毎に、漠然としていた距離感が嫌に明確になっていく。これから先退院した後にまた同じ努力を続けてもこの距離は開いていくばかりなのではないだろうか。そう思った瞬間、俺は足元が抜けるのを感じた。周囲の景色がモノトーンになり、歪んで見える。辛い。怖い。こわい。縋るように手を伸ばした先、俺は結局間違った道を選んでしまった。掴んだ手は、俺を地獄へと引きずり下ろした。これも、自分を信じられずに他人に頼るなどということをしてしまったからなのだと後悔した。真帝国に連れて行かれてからの日々はもう思い出したくない。ただただ壊れていた。日常すら、ひび割れて亀裂に分裂されていたのである。
愛媛の救急病院を離れ、沖縄へリハビリに行った時にも、俺は他人の干渉を畏れていた。薄っぺらい友情もいらない、薄っぺらい同情もいらない。どんなに辛くても、俺は結局一人で生きていくしかないのだと、勝手に結論づけてそれに従うのみであった。
しかしそれをものの見事に土足侵入してきたのがこの綱海条介という男だった。いや、正確には違う。俺の決心を、綱海は何の意識もなく打ち砕いてしまうのである。歳の差なのか育った環境の違いなのか遺伝子からくるものなのか、明確に定義づけることは出来ないが、兎も角俺は綱海に再び壊された。綱海といると、俺は俺でなくなってしまう。そんなことを、鬱々と感じていた。
「綱海、」
「どうした?」
構って、とまでは言えない俺は彼の座している膝に上半身を乗せながら、言葉を曇らせた。それでも乱雑な手つきで頭を撫でてくる綱海は拘泥するでもなく今まで悩ませていた宿題を放り投げた。ほら、そういう所が、また、俺を図に載せるんだ。
「散歩に、行こう」
「こんな夜にか?」
頷いた俺に結局従ってくれた綱海はTシャツのまま、玄関ではなく縁側から、外へ出た。少し遅れている俺の方を向いて、「行くぜ」なんて、急かすような言葉と、いつまでも待ってくれる事実。ほら、そういう所が、また、俺を甘やかしてしまうんだ。
「手、熱いな、綱海は」
「お前が冷たいんじゃねえか?」
合わせた指同士が互いの体温を分かち合っていく。この感覚を、心地良いという感じる心を、持ったのは、初めてだ。突発的に手を引く綱海の影響で、ゆっくり歩くときでも手を繋ごうとする俺に、綱海はいつも応えてくれる。ほら、そういう所が、また、俺の依存を深めていくんだ。
街灯のほとんどない道では星空と月が辺りをぼんやりと照らしている。はぐれたら戻って来られなくなりそうな、不安から逃れるように手の力を強める。
ああ、本当に、自分はおかしいのだ。辛い。綱海といるのが。他人は他人でしかなくて、遠くて興味すら浅いもので、裏切られて、そんな薄情なものだと、そう思い知ったはずなのに。自分一人で大丈夫なのに、立っていられるのに。温もりなんて、必要ないのに。
それなのに。
「綱海」
「ん?」
「綱海……」
乞うような声が出る。綱海、綱海、俺はお前といるのが辛い、辛いよ。構って、離さないで、離れないで、手を繋いで、キスをして、頑張ってるって認めてよ、抱き締めて大丈夫だって笑ってよ、何も心配なんていらないって、お前には俺がいるって、根拠もない自信で、俺を安心させて、甘えていい?なんて、そんなキャラじゃ、ないのに、我慢できない、我慢したくない。俺は、お前がいないともう、駄目なんだ。こんなに深くなった気持ちを、依存を、底知れずに幸福だと感じてしまう俺はもう、既に綱海からは逃れられない。
「好きだ」
波音に紛れた言葉に、触れている面積が広くなる。もういっそ、この幸福のままに海へ身投げしてもいい、なんて、そんな、
(疑う余地のない
幸福)