アネモネを殺す
生ぬるい風が青草と共に吹き荒れて春の兆しを匂わせている。再会したあいつにはこんな季節も自然も似合わない。一見以前と変わらなく見えるが、やはり少しだけ差違は感じた。だが大凡の部分は元元手が付けられないらしい、そんな印象を受けながら眉を寄せた。いつの間にか茂った木木が揺れる度、染み渡る音の響きが妙に耳についた。
「久し振り」
揶揄するような話し方のまま、改めて放たれる言葉が耳を貫いた。やけに通りのよいそれは、俺の神経を逆撫でていく。思いがけない再開を果たした先刻とは違う。今は一対一で対峙しているこの状況に冷や汗じみたものを感じるのは、経験した苦苦しい思いからくるもので。それが弱味になりそうな現時点では相手にこの動揺を悟られてはならないと、刻まれた本能が相反するような風に紛れて叫んでいる。睨みをきかせることで感情を重ね、いやに敏い相手を拒絶するも、それはたかが子供の駄駄の域に過ぎないようだった。俺にはこの不適な笑みを崩すことは到底できないのではないかだなんて、絶望や苦渋で揺れてしまう感情が不甲斐なくて仕方ない。
「そんなに睨むなよ、俺とお前の仲だろ?」
「お前との間に仲なんてない」
「盛った獣みたいなお前のよがり声、まだ耳に残ってるぜ?」
「黙れ」
「エイリア石なんて関係ねえ、あれはお前の本能だ」
「黙れ」
「今も体が疼いてんだろ?佐久間ァ」
「黙れ!」
飽和したわだかまりが棘をまとって喉をすり抜ける。余韻に傷むそこよりも、今は止まることない冷や汗に苛立ちを覚えた。
あれは違う、あれは俺の意志ではない。意思ではないのだ。そんな自己弁護を重ねる度に自身の鼓動が、荒れた息が耳に障った。
いつの間にか過去の熱い吐息が記憶から蘇り脳内で交わる。あんなに心地よく感じた風にさえも今では知らぬ顔で通り過ぎる、その薄情さに苛立ちは募る。
「いいねえ、俺は敵意持ってる奴をねじ伏せてねじ込むのも好きだぜ?」
「っ!」
相手のペースに乗せられている今、下手な反論は逆効果でしかなかった。悔しさに動けない足が根を張る中、奴は悠悠とこちらへ歩み寄る。
「勘違いしてないか?」
顎を鷲掴みにされて瞬間的に息は詰まった。石化したようなこの身が重い、動かない。
「もう遅ぇ」
目と鼻の先、言葉通りの近さで不動が、囁く。
「お前はもう、そっちには戻れねーんだよ」
そんな言葉を残したまま、すれ違うように離れていく相手に振り返り敵意をぶつけることができなかった。
「じゃあな、佐久間…あんまりお痛すんなよ?酷くシ過ぎちまうから」
熱い、熱くてかなわない。この発熱は侭ならぬ憤慨のもたらすものなのだと、なおも身動きとれぬ俺は信ずるより他なかった。先ほどまであんなに心地よかった春の兆しも、奴に呑まれて跡形もなくなっている。
やはりあいつに、穏やかなこの季節など似合わない。