てのひらの愛
「僕だったら、首を閉められて死にたいなあ」
イヴァンは目を細めて本田を見た。イヴァンの唐突な物言いに、すっかりと慣れた本田は読みかけの本から視線を逸らすこともなく、ああ、そうですか、それは良かったですね、とだけ答えた。そんな本田の対応にもすっかりと慣れたイヴァンはそんなことには気にもせず、はなしを続ける。
「ねえ、ねえ本田くん」
「はいはい、なんでしょう、イヴァンさん」
「本田くんは首を閉められるのと、階段から転んで頭打つのと、屋上から飛び降りるのだったらどれがいい」
「わたしを殺すはなしですか」
「自分が死ぬ死因のはなしだよ」
「どうでしょう、難しいはなしですね、今度家でよくよく考えてみます」
「ここは君の家じゃないか」
めんどくさい人だ、と本田が吐き捨てる。イヴァンははなしを続ける。
「ね、もし僕らが死ねたら、どうやって死にたい」
「畳の上で何事もなく死にますよ」
「寿命で?」
「ええ」
「それもいいかもね、その時僕は枕元できみのこと見てるよ」
至極君らしい答えだ!とイヴァンは酷く満足した様子で本田に顏を近づけた。本田が体を引き引き離そうとするが、イヴァンの大きな手がそれを許すことはなかった。イヴァンが嬉しそうに本田の手を握る。華奢なまるで女性のような指の本田の手はあっという間にイヴァンの手にすっぽりと覆われてしまう。イヴァンの堅い皮膚が本田の手に伝わる。
「首閉められるなんてわたしは嫌ですよ」
「だめ?」
「わたし、貴方の首を締める気はありませんからね」
「僕、きみのせいで死にたいのになあ」
何をバカな、と本田が眉を顰めるとイヴァンが眉間の皺にキスを落とす。文化の違いの恐ろしさに本田が怪訝そうな顏をするのを見て、イヴァンはやはり笑っている。君の怒った顏が好きなんだ、なんて付け足して。夜がじわり、と足音を立ててやってきた。
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20100407 てのひらの愛