ふたりだけの春へ
部活動は休止になり、生徒達の帰宅足取りも早い。
四つ並びの校舎の一番西側にあるこの教室は校門から最も遠く、独立した形になっているからなおの事だ。
鉛筆が紙をなぞる音。
室内にはそれだけが響く。
「先生」
「うん……」
「俺様が目の前に居んのわかってる?」
「勿論」
「だったらさぁ、こーゆーのってヤバくね?」
「どおして?」
「どーして……って、こんな所で試験問題作っちゃっていいかって話」
「ここ、私の教室だもん」
「まあ、そりゃそうだけど」
それに俺様の教室でもある。
って、そういう問題じゃなくってさ。
試験問題なんて大事な物ってのは、普通職員室で作るもんじゃねーの。
などと。俺様は先生の短く切りそろえられた小さな爪を見ながら思った。
「誰かに言うの?」
先生は手元を動かしながらたずねてきた。
俺様の生まれる前からある三菱の渋いあずき色した鉛筆を、その華奢な指先に挟んで滑らかに動かしている。
「俺様は、そんな野暮じゃありませんって」
そう答えると、淡いピンク色をした唇の端が、ふっと上がった。
お見通しって意味だ。
そうなんだ。
俺様は試験の問題なんか見ちゃいない。
先生を見ている。
開け放たれた窓から、心地好い風が春の匂いと共に入り込んでくる。
「あのさぁ、先生」
「なに?」
「試験終わったら、どっか遠くへ行かない?」
いいね。と予想以上に、先生のピンク色の口元が綻んだ。
「うんと遠くへ行きたいな」
ああ。やべぇなこりゃ・・・・・・
自分と同じ気持ちでいてくれるってのは、本当にたまらない。
決めた。
桜咲く信濃の里へ。
一足遅れの春へ。
大好きな先生を連れていこう。