幸せに満ち溢れた楽園
目を伏せたままの彼に、囁いた。
(愛してる)
(・・・嘘)
(何故?)
こくりと魔女は首を傾げた。
(なあ、そなたは何故嘘と言いきれるのだ?)
確信など、無いはずなのに。そういった声は、二人には広すぎる部屋では良く響いた。
(確信は、無い。けれど)
彼が囁いた声もまた、この広すぎる部屋では良く響いた。
「俺を、愛してくれる人なんて、」
(いな、)
最後まで言いきる前に、戦人は一瞬、唇にやわらかい感触を感じた。
(触れた、その先から伝わった熱は果たして現実の物なのでしょうか?)
(なあ、ばとらぁ。そなたは分かってない、分かってないなあ)
魔女は、酷く楽しそうに言った。
むに、と戦人の頬を掴んでにい、と魔女は笑う。
(その微笑みは美しくて、それでいて恐ろしい)
「そなたは、本当にそう思っているのか?」
「-・・・ああ」
「そうか、ならば・・・戦人よ」
そなたは、本当に。
(じっと青色の瞳が見つめてくる)
(射抜く目線から、何故だか、目を逸らせなかった)
「それを望んでおるのか?」
(なあ、ばとらぁ)
(魔女は、彼の目に、戸惑いの色を見ました)
(闇の色に成り切れない、その瞳の色)
「・・・・分からない」
(少年は酷く悲しそうに、そう答えました)
「-そうだ、それでいいのだぞ」
(戦人、)
囁いた声は、まるで麻薬。
(耳から鼓膜へと、そして全身を犯してゆき、やがて狂わせる)
(あいなどわからない、けれど、)
彼には、右代宮戦人には、
(ほんとうは・・・ほしかったのです)
その感情の名は分かりませんでした。
(けれど、)
魔女には、それで十分でした。
「戦人、」
「愛してる」
(だって、ここはふたりしかいない『らくえん』)
(わからないなら、おしえてあげましょう)
(ないのなら、ふたりでつくりあげましょう)
(たりないなら、)
「満たせばよい。なあ・・・戦人」
(だってここは、ふたりだけの)
幸せに満ち溢れた楽園
(幸せの定義は誰にも語れないでしょう?)
作品名:幸せに満ち溢れた楽園 作家名:白柳 庵