サブマージェンスラヴ
「だって、ムカついたんです」
下校途中、道端から突然現れた臨也さんが僕をファミレスに誘った。それはいつものことなので、適当に流そうとして、でもやっぱりダメで、僕は臨也さんとファミレスに行くことになった。
ファミレスでは、というか、臨也さんと食事をする時には、僕は絶対に臨也さんの前には座らない。座るのは必ず隣の席。近いのは嫌だけどしょうがない。そうしないと、携帯で真正面からムービーを撮られるからだ。
だから今日もいつも通り隣の席に座った。そうしてほぼ無言で1時間半、臨也さんとファミレスで食事をした。出ようか、と言いかけた臨也さんが全部言い切る前に僕は店を出て家路に着く。後ろから臨也さんが着いて来ることはわかってたので、少しでも一緒にいる時間を減らすために、僕はいつも先に店を出た。
「帝人くんさぁ、」
「なんですか」
「この間、近くの大通りで強盗もどきが発生した時、」
「土曜日の夕方頃のやつですか」
「そうそう、それ。それがあった時、どうしてた?」
「部屋で寝てました」
「鍵は?」
「・・・鍵?」
「うん。家の鍵」
ちゃんと締めてた?
家のすぐ近くの大通りで、ちょうど強盗もどきにあった家を指差しながら、臨也さんが楽しそうに言った。
犯人はすぐ捕まったというから、大通りにはもう警察の人などは見当たらない。大通りという割りに、とても閑散とした通りだった。
僕は一瞬言ってる意味がわからなくて、でもすぐに、臨也さんが家の鍵を締める動作をしたので、その意味をなんとなく理解する。
・・・鍵。家の、鍵。なんとなく、右ポケットに入っている鍵を確かめる。鍵はここにある。今朝家を出る時も、きちんと締めた。
ではその日はどうだっただろうか。先週の土曜日の、夕方。
午前で授業を終えて帰宅した僕は、すぐに敷きっぱなしだった布団にダイブした。前日のチャットが終わったのが遅かったので、一日中眠かったのだ。そのチャットには勿論臨也さんもいた。不規則な生活をしてる人が多いように見えたのに、花の金曜日はなんとなく皆が浮き足立って、今までも終了時刻が遅くなることはあった。その日はそれが顕著だっただけで。
「俺、心配してたんだよ」
「何がですか?僕の寝不足、とか言うんじゃないでしょうね」
「まぁそれもあるけど」
「?他になにを、」
「だから、鍵だよ」
臨也さんがもう一度、鍵を締める仕草をする。
「寝不足の帝人くんは、鍵を閉め忘れたまんま布団にダイブしちゃうんじゃないかな、って」
「それは、でも、」
「起きた時鍵はきちんと閉まってたから平気?甘いなー帝人くんは」
「・・・?なにが、」
僕はそこでまた思い出す。土曜日の夕方。帰ってきたときのこと。同じ日の夜中12時頃、小腹が空いてコンビニに出かけたとき、鍵は確かに締まっていた。だがその前はどうだったろうか?寝る前に僕は鍵を、「締めた」だろうか?出かける時に開けたのは僕だ。だけど締めたのは。
「・・・もしか、して」
「うん、俺だよ」
「・・・・」
「強盗が帝人くん家の近くで起こったって聞いて、心配になったんだ。帝人くん帰ったらすぐ寝ちゃうつもりだろうし。だから俺が見に行ったの。見に行ったらやっぱり開いてたから、遠慮なくお邪魔して、それで鍵閉めて帰ったんだ」
偉いでしょ?と笑う臨也さんを見上げる。大通りを過ぎて、今はもう僕の家の前にある通りまできていた。にこやかな顔で携帯を取り出した臨也さんはそれから、「良いもの見れたし、やっぱり鍵閉まってなかったし、行って良かったよ」と、僕に向かって携帯の画面を見せてきた。嫌な予感しかしなかった。
「これ、寝返り打った瞬間ね」
「・・・・・」
「そんでこれは眉間に皺が寄ってるバージョン」
「・・・・・」
「あとね、こんなのもあるよ。帝人くんってこんなクセあったんだね。爪噛んでるの」
「・・・・・」
「でも傑作なのは、」
歌うような声で解説をしながら携帯の画面を見せてくる臨也さんから、毟り取るように携帯を奪い取る。僕はそのまま十数メートル走って、アパートの二階へ駆け上がった。右ポケットの鍵を鷲掴んで確かめる。今日の朝は、きちんと僕が鍵を閉めた。そうして今、ガチャガチャと派手な音を立てて鍵を開けているのも、僕。
転がり込むように部屋に入って、またもや大きな音を立てて、僕はトイレのドアを開けた。
顔に水が跳ねるのも気にせずに、臨也さんの携帯をトイレに投げ込む。携帯は、生き物でもないのに生意気にコポコポと音を立てて水没した。
何故そんなことをしたのかと問われれば、僕は自信を持って答えられた。
「だって、ムカついたんです」
けれど「大丈夫、ちゃんとSDにコピーして家にあるから」と笑った臨也さんは、そんなこと、絶対聞いたりしなかった(ほんと)(ムカつく)
作品名:サブマージェンスラヴ 作家名:キリカ