本縫い
「俺は嫌いだ、お前が」
怒るでもなく自嘲するでもなくそう言い放つ佐久間は人形のような無表情だった。かつて真帝国学園で過ごした頃、不動の下に付き従っていた頃の、病的な無表情とは少し違った、秘めた感情を感じさせるような無表情だった。再び彩色された彼の色は不動にとって不快でしかなかった。この苛立ちが起こる原因たる部分を、不動は決して追求しようとしなかった。それは彼の性分には合わないからだ。
「そうかよ」
口角を上げて言う不動は佐久間から視線を逸らしていた。さながら興味が失せたとでも付け加えたそうに。選考試合のあと、あれだけ噛み付いていた体で足を運んできた佐久間はわざわざこんな分かり切っている怨み言を吐きに来たのかと思うと嗤わずにはいられなかったのだ。事実、佐久間は、未だに囚われている。
与えられた部屋に荷物を投げ入れた不動は反転して部屋を出て行く。入り口に立っていた佐久間の横を過ぎる段でもそこには何のアプローチもなかった。
「でも」
遠ざかる不動の背中に、意を決したように言葉を放った佐久間は、視線を泳がせながら手を固く握っていた。
「……でも、俺が前に進めたのは、真帝国あっての、ことだから。………今日、そう思えたから、」
全宇子中との対戦で打ちのめされた佐久間は希望も何も失い、離れていく鬼道を恨む心を抑えきれなかった。エイリア石で膨張させられたとはいえ佐久間の中には確かに、鬼道への怨恨と、焦燥、そして絶望があった。早く帝国サッカー部へ復帰してたて直そう、なんて言う源田が眩しく思えた。佐久間は未だ入院したままの自分に何の望みも持てなかったというのに。あのまま、真帝国で鬼道に思いの丈をぶつけることがなかったら、体が壊れる程までにサッカーにのめり込むことがなかったら、感情のままに思い切り足掻くことがなかったら、佐久間は今でも鬼道への不満を持ち続け、絶望の中に何の光も見出せずに、生半可なサッカーをしていたかもしれない。
確かに多くのものを失い、大変な思いをし、背徳感と後悔に眠れぬ夜を過ごした。しかし、今こうして、代表候補に選ばれたのも、代表落ちをしながら爽快な思いで鬼道を送り出せるのも、明日からの努力の仕様を考えられるのも、真帝国での経験があったからである。丸々肯定はしない。あんなこと間違っていたと断言できる。不動はいけ好かない。真帝国で鬼道の代わりに傾倒し続けていた苦い思いも相俟って更に。ただ、それだけれども。
「恨んではいない」
甘い奴だ、そんなことを不動は思った。背を向けていても、今の佐久間がしているであろう表情はおおよそ見当がついた。面白くない、何にも嬉しくもないし、感動の一つも浮かんできやしない。
「そんなことをわざわざ言いに、ここまで来たのか?」
普段の、人を小馬鹿にしたような態度とは少し違った、独特な雰囲気で不動は言った。二人きりの時、ごく稀になっていたこの状況の、不動の顔を思い起こしながら、佐久間は言葉を詰まらせた。
「曖昧な感情持たれる位なら、恨んで貰った方がいいね」
振り向いた不動はいつのまにか日頃の揶揄するような態度に戻っている。真っ直ぐ見つめられて目が合うと、血が逆流するかのような感覚に見舞われるのを佐久間は未だに感じていた。
「それとも、また、飼って欲しいのか?」
見下げるように首を動かした不動は至極愉快そうに嘲ら笑っていた。ぞくり、と背筋を甘い感覚が走った佐久間は後退し、唇を噛んだ。
「やっぱり、俺はお前が嫌いだ!」
そんな捨て台詞を落とした佐久間が走り去っていくのを見送った不動は、再び無表情になって反転した。一度縫い合わせたもの同士の間には、微かにでも必ず跡は残り、結び合うものなのだ。いくら足掻こうとも、抜けた穴を塞ぐべく縫い合わさった二人は、そう簡単に跡を消すことなんてできやしない。飼って欲しいかと聞いた瞬間に見せた佐久間の顔を思い出し、不動は少しだけ口角を上げた。