もういいかい、
公園のベンチで縮こまる小さくはない体を見下ろす。俺の役はここまでだ。だから隣に腰掛けてポケットに入れていた缶珈琲を取り出した。
夜の公園は他に人もいない。電灯の掠れた音がたまにする。お互いに言葉もなく、定期的にジジジ、と頭上から響くだけの時間を、少なくとも190gを飲み下す程度の間過ごした。
「…………連絡、しないの」
「ガキじゃねえんだ、自分でしろ。少なくとも今誰かの顔が浮かんだなら、そいつはお前から来るのを待ってるんだろ」
人間、長く言葉を発していないと喉が出し方を忘れるものだ。こいつのこんな掠れた声は寝起き位しかきいたことがなかった。
「………………、……心配、してた?」
少し出し方を思い出して、だからこそその震えが解る不安定な声で、ぽつりと。顔はあがらない。きっと人にみせられるそれを、していないのだろう。
「逃げるなら、徹底的に逃げろ。捨てるなら振り向くな。…気にする位なら最初からすんじゃねえよ。後まで引きずるのは、どうせ一番苦しむのはお前なんだ」
小さく、電灯にも負ける声で小さく、何度もうんと呟く。逃げ方も捨て方も知らない、他人を駒と思えない、きっとこの馬鹿はそうして内に貯め続けるのだろう。これから先もずっと。俺とは圧倒的に違うそれを、疎ましくも羨ましくも思う。
(けれどだから、お前のそれを護るのは俺の役目だ)
「何も捨てられないお前の負けだ、明久。せいぜい叱られて殴られて、どんだけ愛されてるか実感するんだな」
お前が言うと気持ち悪い、と少しの間を置いて弱い声が聞こえた。
きっともう少ししたら、こいつは自らの足で日常という戦場へ戻るのだ。
だから俺は手を引いたりしない。もう少しだけ、こいつの弱さを見ない振りをすればいい。
(俺の手は、本当にどうしようもなく砕けたお前の為にある)