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遠く轟く雷鳴のように~この翼、もがれども~

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「―――!」

 決して油断をしていた訳ではなかったはずのサガの不意を衝いて剥ぎ取られた仮面は白いシャカの手の中にあった。晒された素顔を一瞬法衣の袖で隠そうとしたサガであったが、そのまま思い留まった。血の気を失いながらも真っ直ぐにシャカと対峙する。『なぜ?』と訊ねる簡単な言葉さえ、サガは呪縛にかかったように紡ぐこともできないまま。
 ひとつ高見から見下ろすようにシャカは構うことなく続ける。

「―――この儚い世界で、誰よりも美しく、穢れなき男性の名を挙げるとしたらサガ、あなただとアフロディーテは言った。神の如くの男だと。そして、誰よりも強く、残酷で……容赦ない正義を貫こうとしているのだとも。アフロディーテは慕うあなたを見捨てるどころか、今もなお深い愛で見守っている……私にはわからない。それほどの価値があなたにはあるとはどうしても思えぬ。それに――今目の前にいる哀しい瞳をした男が、私を苦しめた男と同一人物であるということも」

 すっかり冷え切った白い指先がサガの頬に触れた。その凍える指はまるでサガの命さえ凍らせるかのように熱を奪っていく。ぞっと蒼褪めながらも、かろうじてサガは口を開くことができた。まるで正義の女神に審判を下されようとしているかのような錯覚にさえ陥っていた。

「そうか。すべてを知っているのか。随分とアフロディーテはおまえを買っているのだな……おまえの言うとおり、恐らく私には何の価値もないだろう。妄執の果てに狂う心を抑えることもできず、ただ子供じみた正義にしがみ付くことしかできない愚かな男だ。せっかくのチャンスだ、シャカ、私を――殺せ」

 まるで神の前で跪くかのようにサガは両膝を床についた。そして最後の審判を待つかのように頭を深く垂れる。そんなサガをシャカはわずかに首を傾げ、閉じた瞳で観察するばかりである。風が凪ぎ、沈黙が耳に痛いほど降り注いだ。ひどく時が過ぎたような気がした。

「生かすことが……何よりの復讐――」

 毒を孕んだ滴の言葉が薄く血の気を失くしたシャカの唇から滴り落ちた。シャカにはわかっていたのか。それが恐らくサガにとってどんなことよりも苛酷かつ、残酷とも思える審判だということが。
 ぶわりと強い風が二人の間を絡みつくように撫でる。
 魂のないただ美しいだけの人形のようにシャカは感情を映さないまま見下ろしていたが、吹き付けた次の風とともに翻り、サガを残して洋上の宮殿から姿を消した。
 凍てつく寒さの中で、珠のような汗が一気に噴出すのを感じながら、サガは声にならない咆哮を無数の風音に向かって上げた。