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ながさせつや
ながさせつや
novelistID. 1944
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アイス、美味しいです

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 アイスは今日からカップ派だ。
 と、そんなことを宣言したあの日以来、佳主馬くんはむきになって棒アイスを買ってくるようになった。お土産で棒アイス。おやつに棒アイス。いやいや、俺食べないし。お土産だよ、と差し出されたクーラーボックスに、そう返すと、じっとりと見つめられた後、はぁ、となんともはやな溜め息をつかれた。いやいや、はぁ、はこっちですよ。キング。
「ねえキング、いい加減にしようよ。俺、食べないし。棒アイス、冷凍庫に増殖しっぱなんだけど」
「僕がいなくても食べないの? その割りにこの間のイチゴバーとかハーゲンダッツのクラッシュバーとか、ないんだけど」
「食べない。俺は食べてないよ。減ってる分は家族の誰かが食べたんだろ……母さんとか、イチゴ好きだし」
「可愛いお母さんだね。今度、ちゃんとしたイチゴ持ってくるね。佐久間さんはイチゴ好き?」
「俺? 嫌いじゃないけど」
「そう。じゃあ今度はそうする。あとさ、アイスなんだけど。今日はカップアイスも一応、買ってきたんだよ」
「ガチで? 何、キングやっと俺のことを分かってくれるつもりに……」
「うん、まあね。カップアイスもたまにはいいかなって、思ったから」
 にっこり。いい笑顔で、キングがこちらへ先ほどのクーラーボックスを差し出した。
「僕もカップアイス、嫌いじゃないんだよ。ただちょっと佐久間さんが意固地になってたから、僕も意地を張ってっていうか……ガリガリ君も駄目で、チョコレートバーも駄目で、チューペットも舐めてくんないし、まさかそんなに意志が固いとは思わなくて……ごめんね、美味しく食べられるのが一番なのに」
「……キング……いや、佳主馬くん……うん、あの、俺もごめん……」
 神妙に謝る様が可愛くて、つい俺も謝ってしまう。普段、あまり言葉を多く継がないのに、いっぱいいっぱい喋ってくれるのが少し嬉しかった。のだが。いやはや、キングはキングであった。
「じゃあ棒アイス食べる?」
 上目遣い攻撃で、やっぱりセクハラ狙いかよ! 心で声を大にするものの、さっき謝ってみた手前、ぐっと我慢して、静かに言い放つ。冷静に。冷静になれ佐久間敬!
「いや、それは嫌だ」
「……ま、いいけど。じゃあはい、アイス食べよう」
「い、今食べるの?」
「うん、今、食べたいな」
 クーラーボックスを俺に受け取らせるのは諦めたようで、佳主馬くんは自分でそれのふたをあけて、カップアイスを取り出した。ハーゲンダッツのバニラと爽のバニラとレディボーデンのバニラとAYAのバニラ……と、とりあえずバニラアイスのオンパレード。何だこれ。
「どれが好き?」
「え、ちょっと待って、キング、バニラ以外にないの? これだけ並べてバニラ一色なの?」
「何か問題でも?」
「名古屋人はバニラしか食べないの……?」
 俺は何か信じられないものを見ている気分だった。いや、こんだけアイスあるんだからひとつくらいチョコとか、イチゴとか、抹茶とか。メーカーのバリエーションじゃなくて、フレーバーのバリエーションはどうしたんだ、キング・カズマ!
 と、また心で叫んでいたら佳主馬くんはおずおずと口を開く。
「……カップアイスで好きなフレーバーが……分からなかったから……」
 ……嘘だ! 絶対、嘘だ!
 しかしそんな風に糾弾するのもなんだか気が引けて、あ、うん、そっか……としか言えなくなる。年下だし、叱ってばっかり怒鳴ってばっかり。そんなの、二人でいる時間で勿体無い、そんな気がして。でもそれも計算されてる気がする。畜生。
「じゃ、食べようか。あ、ちょっと手、洗わせてね」
 佳主馬くんが、そう言ってキッチンの流しで手を洗う。ちなみに此処はダイニングだ。テーブルの上にずらりと並べられたバニラアイスたち。そしてクーラーボックスの棒アイス。もうハーゲンダッツでいいだろ。二つあったハーゲンダッツのバニラカップを残して、あとのアイスを冷凍庫へ仕舞う。ああ、もうこの冷凍庫アイスだらけだ……。
「ハーゲンでいいよね、キング。もう、折角ならハーゲンの抹茶とか買ってくればいいのに」
「抹茶好きなの?」
「好きだよ」
「ふうん」
 二人とも、向かい合って席について、ふたを開ける。少し溶けかかってゆるくなったアイスに、ついていた木製の小さなスプーンをさす。溶けている部分が、さした割れ目からたらりと溢れる。カップの外側には霜がついている。添えた指先が冷たいが、スプーンを口に含めばそれも気にならない。甘い。冷たい。美味しい。よく考えたら今日は外の気温も高い。佳主馬くんとやりとりしていてすっかり忘れていたけれど。
「……なんか色々言ったけど、美味しい、ありがと」
 素直にそう、告げておく。佳主馬くんは、良かった、と笑って、自分のアイスに口をつけている。白いアイスが、佳主馬くちもとへ運ばれて飲み込まれる。まあ確かに、扇情的ですよね。
「でも結構、溶けかかっちゃってるよね、もっと早く食べればよかった」
 はは、と俺が笑うと、佳主馬くんも、そうだね。と言う。早く食べなきゃね、と。
「ね、佐久間さん。溶けちゃうよね」
 そう言うと、何故か佳主馬くんが立ち上がって、こちらへ身を乗り出してくる。乗り出して、俺のカップに人差し指を突っ込んで、アイスをすくいあげた。え? なにこれ、何してるんですか、キング。
「……溶けちゃうよ?」
 アイスをすくいあげた人差し指を、俺のくちもとへ差し出す。そこでやっと佳主馬くんの意図に気付く。……おい、キング……。
「早くしないと溶けちゃうよ、佐久間さんの服、染みになるかも」
「……ば、っかじゃ……」
「指、突っ込むよ?」
「キング!」
「ねえ、だってカップアイス派なんでしょう?」
 差し出された指先の、浅黒く健康的な肌とアイスのコントラストに目が眩む。にやりと、微笑む佳主馬くんの思考回路にくらくらする。白いかたまりは、溶けて少しずつ彼の指先から手のひらへつたっている。溶けきれば、俺の上にも降るだろう。
「……覚えてろよ!」
 仕方ない、仕方ないから、と差し出された人差し指に舌を這わせる。もう冷たくもない、佳主馬くんのぬるい温度がうつったそれは舌先に酷く甘い。溶けたアイスなんて最悪だ。指先を含んで、一通り舐めて、はなそうとしたら、舌先をきゅっとつままれる。え? もうなにこのひと、……ひとりごちてみるけれど、俺は上手く声が出せなかった。
「次は何アイス派になるの?」
 意地悪そうに、佳主馬くんが笑っている。ああ、もう、今年の夏はアイス食べるのやめようかな……ぼんやり、そんなことだけ、考えた。

2010.5.22