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雨乞い

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 先輩はいつもあの人を見ている。

 あの人に向ける視線は優しくて、温かくて、純粋な恋心の含まれたものだ。まるで小学生のような恋愛には、見ているこっちも赤面してしまう。俺はいつも後ろから茶々を入れるように背中を押してやるのだ。
 そして誰もいなくなった教室で、先輩が俺に一発目の蹴りを降ろした。

「うッ……」

 肩の辺りに綺麗に入った。床に体が崩れ落ち、背中が打ちつけられる。それも痛かったはずだが、今は肩に走った激痛が脳と体を支配していた。

「青葉くん、君のおかげで、僕と園原さんは明日一緒に出かけられるよ」
「……はい」
「だから、ご褒美」

 薄く笑って、今度は脇腹を蹴る。ドス、という衣擦れのような音には一瞬肋骨がやられたのではないかと不安になった。胃の中のものが逆流しそうになって、それを必死にこらえる。だがもう一発同じ場所に靴がめり込んだ時、口の中が急激に酸っぱくなった。

「ぐぁ、……はッ、う」

 自分のすぐ傍に流れ出たのはただの吐瀉物だった。霞む視界ではそれが何色なのかうまく認識できない。血でも吐いたのかと思ったが、鉄の味はしない。
 放心した俺の前髪を、先輩が掴む。その力だけで持ち上げられて、毛が抜けるかと思った。頭の中がシャッフルされる。

「痛い?」
「はぁッ、あ、痛い、で、す」
「嬉しい?」
「……」
「嬉しいでしょ?」
「……は、い」

 先輩が俺を見る目は、あの人を見る目とは全然違って、冷たくて惨憺とした蔑みのものだった。俺をまるでただ壊すためだけの玩具のように扱い、平気で傷つける。表情だけは、いつもの先輩のまま。
 これが先輩の本性だ。だけど、そんな感情をあの人に向けたくはないのだろう。先輩はあの人が何よりも大切だから、矛先は全て俺に向かう。気が済むまで殴って蹴って刺して、そして笑顔で問うのだ。嬉しい? と。俺はその度、嬉しいと答える。先輩がそれを知ってて訊ねるのだと知っていても、答える。
 だってそうしなければ、先輩はずっと俺を見てくれない。

「でも青葉くん、蹴られるより蹴られないほうがずっといいよね? そろそろ厭になったりしないの?」
「……な、です」
「え?」

 引きちぎられそうな頭皮の痛みに、涙が滲む。額に浮いた汗がべっとりとしていて気持ち悪かった。きっと先輩も俺を見てそう思っている。見下す視線にぞくりとしながら、必死に言葉を紡いだ。

「俺、は、先輩の犬だから……、もっと、ずっと、好きに、してください」

 途切れ途切れにそう言うと、先輩が笑みを深めた。
 ぱ、と手を離す。重力に引かれて再び床に背中と、頭を打ち付けた。意識が飛びそうになり、瞬間呼吸ができなくなる。すぐ間近にあった死の恐怖を感じて体が冷えた。

「いい子だね」

 先輩が笑っている。俺を見て、笑っている。あの人じゃなくて、俺を。
 たとえ先輩の想う人があの人でも、俺はあの人より深く先輩のことを知っているのだ。そして先輩の笑顔に潜む真性も、俺だけが知っている。先輩がそれを向けるのは俺だけだ。だから俺と先輩は、あの人とよりずっとずっと深い関係で結ばれている。そう思わなければやっていけない。
 これがどんなに痛くて、辛くて、悲しいことでも、先輩が俺を見てくれているのならそれは十分すぎるほどの幸福だった。いずれ飽きて捨てられるような日が来るとしても、俺はその時まで縋り続けなければならない。俺はあの人と違うから、愛してなんかもらえない。

「僕は、青葉くんのそういうところが、――――」

 降り注ぐ痛みに紛れて、先輩が俺に何かを言っている。本当はしっかり聞こえていたはずなのに、体が拒否するかのようにそこだけ認識できなかった。だってそれを聞いてしまったら、俺は一生この人から離れられなくなってしまう。どうあがいても、結局先輩はあの人が好きなんでしょう。本当は痛くて痛くて張り裂けそうで叫んでしまいそうで、助けて欲しい。なのにいつでも出られる檻から逃げようとしないのは、好きだからだ。
 仰ぐと、丁度窓に反射して、俺が見えた。青空の奥に映っている俺は、先輩の真性を受け止めながら笑っていた。
 泣きながら、笑っていた。


 それでも俺は、いつもあなたを見ている。
作品名:雨乞い 作家名:あっと