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不安

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帰りたい

−−−帰ってこい

帰りたいよ

−−−ずっと傍にいるから

帰りたいと何度思っただろう。
その度に大好きな君の声が聞こえるんだ。

でも帰れない。
俺が決めたことだから。
どんなにあの日、君を傷つけたのか、俺はよく分かってる。
それでも、君から独立したかったんだ。

暗い闇の中、遠くに見えるのは泣き崩れた君の姿。
事実を受け入れたくなくて何でと何度も呟く君の姿。

こんなのが見たくて君から離れるわけじゃないのに。
俺は君と対等になりたかっただけなんだ。

ねぇ、アーサー・・・泣かないでおくれよ。
俺は君の弟じゃなく、一人の男として傍にいたいんだ。
だから、泣かないでおくれよ。

泣いてる君を抱きしめたいのに、足が動かない。
身動きが出来ない。
そんな自分にイライラする。

ねぇ、神様・・・もしいるのだとするのならば、動けない俺の変わりに彼の涙を止めてほしいんだぞ。

何度叫んでも、泣いている彼には俺の声が届かない。



「・・・サー・・・、アーサー・・・。」
頬に暖かい感触がして眼が覚める。
涙を拭られた感触と共に頬にある手の人より少し冷たい暖かな感触。
その手の持ち主の顔を覗くと、心配そうにこっちを眺めてはいるけど、でも少しなんか、顔が赤い。
「あ・・・あれ、アーサー?」
自体が把握できなくて、俺はアーサーの顔を眺める。
アーサーは何も言わない。
本を読みながら寝てたようで、読みかけの本がおなかに乗っていたそれをどかすことなく、俺は身体を少し起こす。
本はバサリと音を立てて床に落ちた。

手を伸ばせば、彼を抱きしめられる。
けど、俺の何かが邪魔をして彼を抱きしめられなかった。
「ひ・・・人の名前連呼して、どんな夢見てたんだよ?
 最初、うなされてるから起こそうと思ったら、なんか泣きやがるし、人の名前呼ぶし・・・。
 べ・・・別にお前が心配で起こそうとしてたわけじゃなくて、人の名前呼ぶから・・・」
そっぽを向いたかと思うと、そう言いながら顔を赤くするアーサーに俺は少しほっとしていた。
俺の声がまた聞こえなくて、まだ夢の中にいるのかと思ったから。

アーサーの手がそっと俺のジャケットの袖を掴む。
顔は背けたままだけど。
それが昔と違って、俺には何故か弟としてではく、一人の男として必要にされてるのかと錯覚されられた。
袖を掴んだまま何も言わない彼を少し笑って、彼の腕を引っ張りそのまま抱きしめた。
「ふぇ・・・、な、なんだよ?」
突然引っ張られて、アーサーはびっくりしているみたいだった。
それでも抵抗しないっていう事は、そのままで言いという証拠。

アーサーの問いに答えないまま、俺は彼を抱きしめる。
彼の昔から変らないバラと甘い匂いと、暖かな感触。
その感触が俺の心を満たしていく。

何も言わない俺にアーサーは少し笑って、そのまま膝に乗ってきた。
そして、そのまま俺を抱きしめてくれた。
彼のことだ、きっと怖い夢でも見たと思ってるんだろうな。
ある意味で、間違いではないけど。

アーサーは少し身体を離して、俺に微笑みかける。
俺はそっとアーサーを見上げて、その頬を撫でると、彼はそれにくすぐったそうに笑った。
「アーサー、愛してるよ。」
自然と何も考えず、そう言葉が出ていた。
俺はじっとアーサーを見続ける。
当の彼は顔を耳まで赤くして、きつく俺に抱きついてきた。
「お・・・俺だって、愛してるよ。」
ポツリと零すかのようにアーサーはそう呟く。
「ねぇ、アーサー・・・それはさ、弟として?
 それとも・・・一人の男として?」
俺の言葉にピクリと身体を震わせ、急に身体を離したかと思うと、アーサーはそのまま俺を後ろに倒した。
わけが分からず、ぽかんとしている俺を、涙目で睨みつける様に見下ろしていた。
「あのなぁ・・・、まだそんなことに、こだわってるのかよ。」
そう言われて、俺も少しカチンときた。
アーサーを睨みつけながら、俺は起き上がろうとしたけど、それをアーサーに阻まれた。
「そんなことってなんだい。
 俺は・・・。」
そう言いかけて、言葉を止めた。
頬に暖かいものが落ちてきたから。
「俺は・・・、自分で今でも弟として思ってるような奴に抱かれる趣味はねぇよ。
 もう、ずっと前から・・・お前が独立する前から、俺はお前の事・・・弟として見てなかった。
 俺が本気で心から愛してるのは、俺の弟だったアルフレッドじゃなくて、恋人としてのアルフレッドだ。」
眼から涙が出ているのにも気にせず、アーサーは俺を睨みつけながらそう言い放つ。
「じゃあ・・・なんでいつも、昔は可愛かっただなんて言うのさ?
 あれ、ほんとウザイんだぞ。」
アーサーの言葉に照れくさくて笑いながら、泣いているアーサーの目じりを手で拭う。
「あれは俺の趣味だ。
 いいだろう、みんなの前でしか言わねぇんだから。」
ニヤリと涙で濡れた瞳のまま不敵にアーサーは笑った。
それに俺も釣られて笑う。
「悪趣味なんだぞ、それ。
 なんでこんな人、愛してるんだろう、俺。」
邪笑しながらそういうと、アーサーは更に笑った。
「そんなもん、お互い様だろうが。
 それでも、俺の事愛してるんだろう?
 なぁ、アル。」
妖艶に笑いながら、眼下の俺を見下ろしてくるアーサーに少し背筋がゾクリとした。
「もちろん。
 愛してるよ、アーサー。
 君だって、こんな俺の事心底愛してるくせに。
 ねぇ、そうだろう?」
そういいながら、俺はゆっくりとアーサーの首に腕を回し、彼を引き寄せる。
彼の答えは、彼との口付けでかき消された。
どうせ、聞かなくても分かってるから。

こんなにも俺の心を迷わせるのは君くらいだよ、アーサー。
何もかも捨てて、君だけが居ればいいだなんて、口が裂けても言ってあげないけどね。
作品名:不安 作家名:狐崎 樹音