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オミ[再公開]
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novelistID. 829
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一次状況報告:古泉一樹

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当時失くした表情の代わりに笑顔の仮面を手に入れた少年が居る。
 それを教え込んだ私たちの前でも剥がれる事のない仮面は心痛い。

「古泉。涼宮ハルヒの状況を聞かせてもらえますか」
「はい。極めて安定しています。突発的な問題が発生しない限り、 ……少なくとも、今月いっぱいは保障します」

 涼宮ハルヒ専門とも言える私たちでも彼女の安否を断言する事は出来ないのに、古泉は「保障します」と断言する。それは自意識過剰や圧倒的な自信から来る言葉ではなく、「出来ない、ではなく、必ずやらなければならない」というプレッシャーから成る発言なのだろう。
 毎日のように状況報告のレポートを作成させ現状を把握している上で、更にこうして口頭での報告を行わせる。私自身は古泉が嘘をつくとは思っていない。
 古泉の手によって打ち込まれたメール文のみならず、古泉自身の感覚を通した涼宮ハルヒの状況報告が欲しいのだ。
 古泉がこのやり方をどう思っているかは考えないようにしている。これが『機関』のやり方なのだと、古泉も解ってくれている筈だ。そう思っていなければやり切れない。

「彼に関して、何か身辺に変化はありましたか」
「いいえ。僕が確認出来る範疇においては、これといった変化はありません」
「では、他の勢力に関しては何かありましたか」
「いいえ。自発的な行動は見えません」

 まるで鋼鉄のように人間味のない部屋の中で、古泉の笑顔だけが温かみを帯びて見える。そう信じたいだけだ、私が。
 私たちが作り上げた笑顔に、私たちが騙されている。感情を隠せと教えた私たちにすら、感情を読み取らせてくれないようになった。彼個人の定期カウンセリングの所要時間が段々短くなって、現在の所要時間――ほんの数分にまで短縮されたのはいつからだったろう。

「貴方と周辺の関係においては問題ありませんか」
「ありません」
「先日、鶴屋家のお嬢様と席を交えたそうですが、その時には何か」
「必要最低限の会話を交わしたのみに留まります」
「よろしい」

 立場をよく把握している。現場においても『機関』の会合においても同じ。礼儀正しくも威風堂々と、それでいて物腰は柔らかい。
 これが作り物だと知らなければ、私たちも安心出来ると言うものだが。動くお人形のようだ。私は生きている、と主張する無機物。そのくせ此方の顔色ばかりは上手く読み取り、言わずとも望みどおりの仕草を見せる。
 私とて、それは同じ。古泉と同じように表情を見せないものとして、この組織の内情を汲んで作り変えていく他になかった。古泉は私の心中を察したかのように、歳相応に可愛く微笑みかけてくる。
 そうした仕草が私たちを余計に心配させている事を、彼は知らない。そうした仕草を彼が意図的に行っているわけではない事を、私たちは知っている。
 人を読む事にかけて、古泉は天性の素質を持っていると言える。本人が理解せずにその才能を扱い、対応しているのは非常に幸福ながらも残念な事。

「以上です」
「はい。それでは失礼致します」

 古泉は席を立ち一礼すると、何一つの迷いも感じられない背中を向ける。

「古泉」
「はい、なんでしょうか」

 呼び止めれば、しっかりと此方に向き直って返事をする。
 こうした礼儀作法も私たちが仕込んだ通りだ。

「学校は、楽しい?」

 古泉は白い歯を少し覗かせたが、その唇から言葉は発されなかった。もしかしたら小さく応答はしていたのかもしれない。声は一切聞こえず、こちらからはただ、こくりと頷いただけに見えた。
 その仕草は小さな秘密ごとを隠している子供のような、それはそれはとても嬉しそうな仕草に見えて、注意を出来なかった。

 "質問には必ず口頭で答えなさい、と教えた筈です"……

- end -