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いやはや、参った

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「夷澤…頼む…!匿って?」
 そんな風に小首をかしげて懇願されたところで、この人は自分に対する俺の好意と、周りからの自分の評価を知っているのだから、ありがたみなんてあったもんじゃないんだ。
 すべてお見通しの癖して、どうにもかき乱される。
 ああ、いいですよ。また俺はあんたの犬に成り下がってやりますよ。

 その人は強くて、ずる賢くて、いつも物事をうまく収める。あの砂から開放されるまで、それがむかついてしょうがなかった。彼の、その能力が自分より上であると認めたくなかった。
 今は、しょうがないくらいに惹かれる。馬鹿かと思うくらい。

「なー、この雑誌読んでもいー?」
 ベッドに適当に置いてあった雑誌を手にとって、俺に聞く。
「どうぞ。」
「どうも。」
 ちょっとだけうれしそうに笑って、ベッドに腰掛けて雑誌を読み始めた。どうもお目当ての記事があったらしく、それを読み終えると今度は部屋の中をきょろきょろ見回す。
「綺麗なおねえちゃんとかの写真とかないねー。」
 ぶっ。
 …………
「んなもんないっすよ!見たいなら他あたってくださいよ!!」
「いや、見たいんじゃなくてさ。ただ健全な男子高校生だからそれくらいあってもいいんじゃなかろうかと。」
「エジプトからやってきた転校生が日本の男子高校生の生態を断言するなっ!」
「えーでも甲太郎はあったって普通だって言ってたよ?お前の言うところの日本の男子高校生の意見は。」
 だからなんだってんだ。あの人が基準になるわけがない。大体あの男は今じゃ綺麗なおねえちゃんよりもあんたに惚れてんだよ。
 俺も同じだけど。
「センパイは、ないんすか?その…」
 欲求不満とか、どうしようもなくなる時とか、めちゃくちゃにしてやりたい時とか。
「あるよ。たまに甲ちゃんを押し倒したくなるもん。」
 ぶー!!
「まあたいてい失敗すんだけどさ。」
 けろりと言わないでくれ…!!
 うろたえているであろう俺を見て、ふとその人がにやっと笑っていることに気がついた。

 からかわれていることなんてわかってる。

 急に、手を、伸ばしてくる。
 でかい手だと思う。長くて、でも男っぽい指。珍しく、手袋をはめていない。別に、どうってことない。それが彼の手であろうと、誰の手であろうと。別にそんなことが俺を掻き立てる訳ない。俺はこの人を綺麗だから好きなんじゃない。俺はこの人の強さに、それ一点に惹かれてるだけなんだ。

 頬を手のひらがふわりと包んで、ひやりとその冷たさが伝わってくる。
 そんなことで、反応してなんかやらない。あんたに欲情なんか抱いてるんじゃないんだ。違う。
 …………違う…

 不意に。
 襟元を摑まれてぐいっと引っ張られた。彼の顔が目の前にあって驚く暇もなく、彼が、こう言う。

「さて、どうして俺はお前のところにかくまってくれと頼みに来たのでしょう。」
「知らないっすよ。皆守センパイと喧嘩でもしたんでしょ?どうせ。」
「ぴーんぽーん。せいかーい。」

「それで、俺にどうしてほしいんですか。」

「いや、いつもどおりでいいよ。俺は夷澤で遊びたいだけだから、いつものとおり、突っかかってきてよ。」

「は、あんた馬鹿ですか。」

「馬鹿だよ。馬鹿すぎて、大切な人たちと離れられない。遺跡に行くことも、俺のそばにいることも、だめだなんて言えない。彼らが、お前が、事件に巻きこまれたり、危ない目にあったり…それでも、好きだから手を放せないんだ。

 ずるいでしょ?どうしようもないよね。」

 だから、どうしてこんなにあんたの目は、どうしようもなく深い色をしているんだ。闇のような黒だと思えば、深いこげ茶のように見えるときもある。
 今は、濡れてるように見える。

 徹頭徹尾どうしようもねぇ。

 戯言ぶってちゃいるが、本心なんだろ?それだって。危ないのを承知であそこに潜ってるくせに、周りの人間の危険なんか気にすんなよ。
 どいつがどうのとかは関係ないんだよ。
 俺はそれ位じゃあんたの手を放さない。
 どんな傷を負おうと、どんな思いをしようと、そんなことで、放してもらえると思うなよ。俺はそんなに弱かない。
 そう思え。そう思ってくれよ。

 何の前触れもなく、キスをした。その一瞬、あの忌々しい男の顔は頭からふっ飛んだ。
 衝動で、本当にただの衝動で。

 初めて、彼に欲情したことに気づいた。
 俺を欲しがれと、強く願った。

「健全な男子高校生、男にキスなんかするもんじゃないぜ?」
 そんなことを、ぺろっと言ってのけるから。
 何にも動揺していない様子の彼に、少し腹が立って。
「あんたが場慣れしすぎなんすよ。どうせ初めてでもないくせに。」
「参ったなー。何、俺ってもてもて?」
「もっかいしてもいいですが?」
「やだよ、下手だもん。お前のちゅう。」
「あんたね…」
 後頭部に回った手にも気づけなかった。がしっと摑まれて、そのまま無理やり向こうからキスをされた。
「!」

 抵抗する暇もなく、その人は、噛み付いてくる。
 唇を軽くかまれる。でも痛みはない。むしろその触れ方にぞくぞくしてしまった。
 本当に一瞬のような、でも長い時間のような。
 激しくて、でも波のようにすっと引いていった。

 そして、お決まりのようにすぐに身体をはなそうとするものだから。

 手首を掴んで、視線が合う。予想外だったのか、その人の瞳は揺れていた。

「あんたもっと欲しがれよ。手に余るもんなんか持たないとか、かっこつけてんなよ。
 俺はいつでもあんたのものだ。いつまでもあんたのものだ。だから、もっと欲張れよ。宝探し屋さんよ?」
 あんたに全部やる。あんたにこの身体も力も全部やる。
「俺は、繋ぎ止められないよ?お前じゃ力不足だ。」
 嘘吐き。明らかに動揺してるじゃねぇか。
 お見通しなんスよ、あんたの事くらい。
 ほんとは、喧嘩したんじゃないんですよね?
「そうやって逃げてれば、あの人はあんたの手を放すんですか?」
 恐いんだろ?
 あの人が。
 失くすことが。

「ばればれかよ。」
「ばればれですよ。」
 困ったように笑って、彼は照れ隠しのように言う。

「いやはや、参った。」

 じゃあ、降参ということでもう一度キスを…という流れには、なるわけなかった。
 ぽつりと、恐くてたまらないんだ。と、言った。
 そして、ごめんと一言。

 弱み見せるとつけあがるからやめてください。
 もうちょっとあんたの犬でいいから、じゃないと歯止めが効かなくなりそうなんだ。
作品名:いやはや、参った 作家名:きゅう