傷口が、傷跡に
夕暮れの教室、忘れ物をして取りに戻ると其処には臨也が独り立っていた。
銀色に揺れるカッターの刃。
眩しい夕焼けの赤。
白い手首から流れる一筋の血。
その全てが美しかった。
こちらの気配に気づいたのか臨也が振り向く。
「覗き見?…イイ趣味してるね、シズちゃん」
呆気に取られて何も言えないでいると「知ってた?…カッターってさ、案外切れ味悪くって…」と呟いた。
「…死にてえのか」
「そんな訳ないじゃない。俺は人間を愛してるんだから。」
意味が分からない。それは答えになってねえだろ、とため息をつく。
「ただ、さ。人間を愛している俺でも、ヒトを愛することはできないんだなって思って。」
「何が言いてえんだよ」
一瞬だけ寂しそうな目をしたあと、わざとらしく肩を竦める。
「あーあ。シズちゃんに言ったって無駄だったかな。」
ふ、と臨也の顔が目の前に来る「君みたいな単細胞には理解できないだろ?」
「てめっ…」
帰ろうとする臨也の手首を反射で掴む。
「つっ…」
どうやらそれは先程切りつけた方の手首だったらしく、思い切り傷に触れてしまった。
「シズちゃん、血…ついちゃうから。…離してよ」
「離したら手前帰るじゃねえか」
「でも、血…、」
こいつは何でこんなに狼狽しているんだ?
いつも飄々としているのに。たかが血に触られただけで。
「気にしねえよ、いいから一発殴らせ」
何だ、こいつ…。
突然臨也は震えだした。「や、めて…俺の、さわら、いで…汚い、から…。」
手首からは引っ切り無しに血が流れている。ぽたぽたと床に染みを作る。
結構深く切ったのかもしれない。
何故かパニックに陥っている臨也を落ち着かせようと手首に込めた力を緩める。
「汚くねえから…落ち着けって」
数十分後、漸く落ち着きを取り戻した臨也は、俺の腕の中に居た。
「ごめんねシズちゃん、制服…汚しちゃって」
俺の制服の袖には臨也の赤い血が付着していた。
臨也は黒い短ランだから血が付いていても目立たない。
「あぁ、いいけど…手前、まだ血止まってねえじゃねえか」
「あ。あぁ…本当だ。深かったのかな?」
「お前なぁ…。……見せてみろよ」
言うが早いか俺は臨也の腕をとって、まじまじとその傷口を眺めた。
「ねぇ…綺麗?俺の傷」
ふふ、と笑う臨也。
「ああ、綺麗だ…。」
そう言って傷口に舌を這わす。
「っ…!?なにして…」
吃驚して身体を硬直させる臨也。
「らにって…消毒にきまってんらろ。」
そのまま喋ると「ひ、くすぐったい…やめっ…」
恥ずかしそうにしているから舌をひっこめてやる。
「はい終わりー帰ってから包帯とか巻けよ?」
「わ、わかってるよ、そんなことくらい!」
顔を真っ赤にした臨也はなかなか可愛かった。
そのまま二人で帰り道を歩く。
空には大きな月が出ていた。
「ていうか何でシズちゃん教室来たの?とっくに帰ったかと思ってた。」
「あ。」
「どうしたの、シズちゃん?」
「忘れ物取りに行ったんだった…。」
「え、取ってこなかったの?」
「忘れてた…くそ…」