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忘却からの、ノイズが響く

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急に自分から感覚というものが無くなったような気がした。さっきまで自分を取り巻いていたはずのおぞけの走る冷気、腐ったような臭い、頭をかき乱す何かの叫び声。まるで肉体から解離したかのように、何も感じなくなった。――そうじゃない。実際は、元からなかったものが、あってはならないはずのものから、肉体へと戻っていっただけのことだ。そうやけに冷静に考えられるのは、全てどうでもいいと思えるほどの人が、そこにいたから。
 その表情は、慈愛だった。この世のやさしさ全てをたたえたかのような笑顔。こんなにうつくしく笑う人を、俺は他に知らない。「小夜歌さん」丁寧に、丁寧に、名前を呼んだ。

 俺はずっと生きてきた。
 死んでもなお、生きてきた。
 俺をここまで縛り続けたのはあなた以外にいない。もう十年も前の言葉なのに、いるはずもない病室で、俺はその言葉をもう一度聞いた。あの娘を助けてほしいと。もしそうでないのならどうしてあなた以外の言葉に命をかけることができるだろう? 八年間揺れる無意識の中あなたを思い続けたのだから。
 自分が今どんな表情をしているのかは分からないが、せめて笑えていたらいいと思う。虚しいような、哀しいような、悔しいような、清々しいような。どうあがいても近くはなれなかったはずなのに、こんな最後になって、今この世界で誰よりもあなたに近い。
 最後も何も、俺はもう終わりの延長線上にいる。なら、もう少し続けても構わないはずだ。そう、まだ終わっていない、あなたとの約束を果たしていない。消えるのはきっとそれからでいい。俺のために、流歌のために、そして何よりあなたのために。
 ありがとう、と口元がかすかに動いたような気がした。白い肌に触れられたらと手を伸ばそうとしたが、やめた。

 消えかかっている月を仰ぐ。俺がこれからすることに、言葉はいらない詰める距離もいらない。
 だってこんなにもあなたを、愛している。


(思い描いては かき消していた その横顔
 あなたをまだ 憶えていたい
 世界が果てても)