右手に花
何となく、眺めのいいところがいいんだろうなと思った。街の全貌を見渡せるようでそれでいて見上げれば一面の空が見える、絶好のロケーション。
風が吹くと気持ちがよくて、寝転びたくなるような。
彼が眠るのは、そういう場所がいいなと思った。
右手に花
初めてその場所を知ったのは彼との出会いから数週間たったある日のこと。
護身術の稽古が終わって家までの帰り道、彼は途中の角で僕を待っててくれた。
-いいとこ見つけたんだ。一緒にこれから行かないか?
彼は狩りをするのに絶好の場所とか、隠れるのにちょうどいい小路とか、星の良く見える高台とか、そういう場所を見つけるのが得意だった。見つけたら、その度に連れてってくれた。
すごく、嬉しかった。宝物を山分けにしてくれるみたいでとてもとても、嬉しかった。
-行くっ!!
僕の知らない場所。長くその土地に住んでいる人でも気づかないようなひみつを、彼はすべて知っていたのかもしれない。
鬱蒼と茂った森を抜けて、でこぼこした石の坂をのぼり、歩いた先にそこは在った。
-なぁ、綺麗だろ?
街が見えた。街をぐるりと囲む高い壁と、お城と、かすかに点きだした民家の明かり。
落ちていく夕日と地平線の向こうから迫ってくる藍色の、空いっぱいのグラデーション。橙色から、桃色から、藤色から、青色から、藍色。
そして遠くに見える黄金に輝く湖。
-…………うん、………綺麗だね…
少し冷えてはいたけれど、それでもその景色に興奮して火照った体に、心地よく涼しい風が吹いていた。微かに風に乗って聞こえるは、遠くの街の声。
ぽつりと、思った。
あぁ、ここで
-テッドはここで泣くの?
一人ぼっちではない気がする、そんな場所。
だから、もしかしたらって、そう思った。
-…………
彼が痛々しく笑った顔を覚えている。
それをみて、僕は彼を抱きしめた。彼は抵抗もせず、黙って僕に身を任せていた。
-……………っ
-お前が泣いてどうすんだよ
-…こんなさびしいとこでひとりでなくなよ。
-何言って…
-そんなときまでひとりつらぬいくなよ…
-おい…
-だから、僕なんかの前で泣かなくてもいいけどさぁ…いつだって泣いていいんだよ…そういう友達ができたら…!
-………!
-ぼくが、てっどにとってそういうにんげんじゃないかもしれないなんて、そんなこと……わかってるけど、わかってるけど…!
いつだって、ないてもいいんだよ…!
それが彼にとってどれほどの意味を持つ言葉か、その時の僕は知らなかった。
だけど、もしあの時知っていたとしても同じ言葉を言いたい。
彼は、あの時泣いていたのだろうか。
彼の肩は震えていた。
僕にはそれ以上、何も言えなくて。だからきっと彼も、何も言わなかった。
-帰ろうか
-……うん
その時はもう日はとっぷりと落ちて、月明かりが彼を照らしていた。
月の光の中で彼は嘘みたいに綺麗に笑っていた。
-なぁ、お前も泣きたい時、どうしても俺が見つからなかったら、ここにこいよ。
俺も、そうするから
-………どっかに行くのか
-…行かないよ。どうしようもないときだけこの場所、貸してやるっつってんの
-……僕は、テッドが泣きそうなときくらい飛んでくよ。絶対ひとりでなんて、泣かせてやんないから
帰ったら、我が家の第二の母親にこっぴどく叱られた。
「なぁ、テッド。」
そこに立つは、もうここにはいない、親友の墓標。
世界中を捜そうが、永久に見つからない大切な人。
「この場所、借りてもいいか?泣いても、いいか?」
誰も、いない。
何も、ない。
聞こえるは街の声だけ。
それはまるで、遠くにある憧れに気づかれないように手を伸ばすようだった。
けして触れないと心に誓いながら、手の届かない果実を取ろうとする愚かしい行為。
「なぁ、テッド…」
風化した墓標には、もう何の文字が書いてあるかを読み取ることもできない。
変わらないのは風景ばかり。墓標が一つ増えようが、お構い無しに元の姿に戻っていく。すべてはいつか水になり、土になり、砂に戻る。
「…………どうして、飛んでいけないのかな……」
街の声に抱かれて、彼も泣いただろうか。
誰も知らない涙は地面に吸い込まれる。
墓標に備えられた花束は、風に小さく揺れた。
「ここに、今でもお前がいるような気がするんだ」