雨の日は君と、
冬が終わろうとする。
春がそろそろ起きようかと、布団の中で、
兄弟はうとうととしていた。
雨が多い。この時期はとても雨が、多い。
「俺はこのよ、パタパタいうのがいけねえんだと思うんだ」
「そうか俺はこの、さぁさぁいうのがいけないんだと思うが」
起きたくない。
夜が明けるのがだんだんと、早くなったカーテンの向こうからする音に耳を占領されながら兄弟はシーツと毛布でもそもそと、音を立てていた。一人寝は寒いと弟が、兄のベッドにもぐりこんでいたある日のことである。
「…厄介だな」
「ホントにな、」
弟の左で兄が言った。兄の右で弟が言った。
兄は両手を頭の後ろで組んで枕代わりにして天井を仰いでいた。弟は兄の枕を抱えて横を向いていた。しとしと、しとしと音がする。いつもピチチと鳴く鳥の声もせずただ庭木の葉や雨戸井に時おり水の粒が当たる音がする。ぱたた、ぱたたた、
「――厄介だな、」
「全くだ」
何事にも気分というものがある。
今日のこれはなんとも、かんとも何もする気が起せないものである。
因みに今どのくらいかと言うのなら、いつもは鳴らない目ざましが鳴り、いつもは必要のない催促を犬たちがして、いつもはとっくに済ませているはずのことを彼らは何一つしていなかった(あ、しかし犬たちへの食事は別だ。それは余りにも可哀想だともそもそ、もそもそ布団の中で兄弟がお互いに『いや自分が行こう』と言い合って、結果じゃんけんで勝った方が寝台を下りた)(そして愛犬たちを飢えさせないよう飼い主の責務を果たした方はまたもそもそと、兄弟の片割れの入ったままの寝台と布団にもぐりこんだのだった)
――まったく、厄介である。
「腹さえ減らない」
「あー、食いに行こうとすんのが面倒なんだろ」
「眠くもない」
「あー、な、あれだ、うるせえんだ、外、」
「何かしなくてはなと思うのだがそれを考えるのさえ億劫だ」
「な、」
もそもそ、もそもそシーツと毛布と摩擦音を立てて兄弟が向きあう。
一人同士では寒いベッドも二人で寝転がっていれば温かかった。(そして、なつかしいにおい)(よく知った速度で吐いて吸われる息のおと)(兄弟はお互いになんとなく、何もする気がしないのは何か充分この状態で自分が満たされているからかもしれないな、とそんなことを思っていた)(お互い相手が、そんなことを考えているなんて考えもしないまま)
右に左に手を伸ばして、なんとなく握ってみたり触ってみたりする。
特に意味なんかなくてすぐ飽きて、離してしまったりそのうちっやっぱり他にすることがなくてまた手を伸ばしたり。(それを握りあったり気まぐれに払いのけて追ってくるそれから逃げてみたり逆に払われて逃げられたのを追ったり)(軽く叩いたり)(叩かれたら叩き返したり)
そのうち兄がごそりと動いてきて弟を仰向けに転がした。
転がされた弟は兄に上に乗られて、(…重い、)と己を覗きこんできた兄を見て顔をしかめた。
兄はそんなことお構いなしに弟の上に腹ばいになって顎をカクカクいわせている。
特に意味はないのだ。大抵のことに意味はない。なので弟はその頭を撫でることにした。
「…俺は、」
「うん?」
「いや、いつかは逆だったのになと思おうとしたのだが、思い出す限りあなたはいつもそうだったなと思ってな、」
「はは、そうだったか?」
ちいさな頃、よく寝つけないと夜中目を覚ましてしまうと兄と寝た。弟は思い出したそれに思い出し笑いをしていた。兄さん、背中を叩いてくれたり歌を歌ってくれたり抱きしめて、腕枕をしてくれたりするんだが次の朝起きると必ずそうするんだ。自分を押しつぶして腹の上に顔を埋める兄の頭を撫でて弟が言う。
「起きて、ごろごろしていると絶対な」
「そうかぁ?」
「ああ、そうだ」
首をひねる兄。くすくす、笑うと、あナマイキだぞとわき腹をくすぐられる。くすぐったくて体をよじると逃げるなと兄が這いあがってきた。
「んー…」
「んー、じゃない、」
伸びあがって、きてその顔が己の顔に重なろうとする。
それを手で押し返すと唇はそこにちゅ、ちゅ、とついてその皮膚がもぞもぞとした。
「…なんだよ、」
「なんだよとはなんだ、」
「べーっつに、」
「ふうん?」
「ふん、」
拗ねたような顔が見下ろしてくる。頬が膨らむのがなんだかかわいらしくて滑らせて、突くとぷくりと音がして中の空気が出る。離すとまた膨らんで、押すとまたふすりと音がした。
その手を取られてキスされた。口に含まれてやんわりと歯を立てられて、
「こら、兄さん」
「ん…?」
食べ物ではない。舐めるんじゃないと取り返すのに兄の口は追ってきて、手は己を離してくれなかった。(兄さん、)しばし見つめ合う。ちろちろと、動いている舌の感触だけが落ちつかなかった。
「…もういい、」
「ふうん?」
5秒待って、動いてくれないときは譲る気がないという時だ。諦めて息をつき、体の力を抜くと兄がふふんと機嫌のよさげな音を立ててもう一度、覆いかぶさってきた。
「するのか?」
「しねえ」
そうか、と傾いて近づいてくる顔の、今度は両の目を手で覆った。
(…みえねえ、)いいじゃないか、見る必要が?(伏せられた、その睫の長さが隠れた瞳が、)(なんて――…)(……みえねぇ、)(見えなくていいんだ、そんな!)
拗ねたように噛みついてくる唇。
軽く歯を立てられて、何度も、角度を変えて噛み合わされて。
「ん…」
「くち、あけろ、」
「…ん…やだ、」
「こら、…かわいくねえと襲うぞ?」
「んん…、ん、ん…」
ほら入れろ、と舐められる唇。ちろちろと。
食むように啄まれる緩く吸い上げられるそれを撫でる手で、頬をつねってつねられて、
重なってやわらかく絡んだそこからはほんのり甘い味がした。
■鬼さんこちら、手の鳴るほうへ、
↑という内容のものを書こうとしていたのになぜか欠片もそのような要素が入りませんでした。
ミステリー…
作品名:雨の日は君と、 作家名:榊@スパークG51b