二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

遠吠え

INDEX|1ページ/1ページ|

 

 それが間違っていると分かっていても、今更やめるわけにはいかなかった。

 俺のやっていることは不毛で、無意味で、何も生み出されない。ただ男の精子が出てくるだけだ。それが俺を満たすのかなんて、愚問にも程がある。
 同じ男なら、女よりは近くに感じられるんじゃないかと思った。けれどそれはやっぱり、浅はかな夢だった。現実じゃあの冷えた温度も、まっすぐに歪んだ態度も、他の誰とも重ねることはできない。妄想の中ですら触れられない。

「だって君は、セルティが好きだから」

 俺が実際に紡ぎ出したのは、その言葉だけだった。

「なんだいいきなり。確かに、僕はセルティを心の底から愛しているけどね」
「うん、だから、正論を述べたくなっただけ」

 闇だろうが医者をやっているだけあって、今自分が腰かけているソファは心地が良い。無意味に軋ませたくなる。前にやった時、新羅に半目で叱られたのでそれはやらないが。
 差し出されたコーヒーを素直に受け取り、口をつける。可もなく不可もなく、自分の秘書に淹れさせたほうがきっとずっと美味しい。

「うーん、ドタチンみたいなコーヒー」
「たぶん褒められてないよね。他人に淹れさせておいてそれは失礼だとは思わないのかい?」

 こういう冗談を含んだやり取りをできる人間など自分にはそうはいない。嘘に嘘を重ねて何が本当なのか分からなくなって、そしていよいよ嘘が本当になる、そんな会話ばかりしてきたからだ。俺にとって新羅という存在は希少で、ある意味とても重要だとも言える。そしてそれは俺の中で唯一確かだと言える真実だ。

 だから、何が本当なのかを分からなくするために、俺はそれすらも嘘で固めることにした。
 他の男と体を重ね続けた。一度そういう世界に踏み入れば不思議と相手は向こうからどんどんやってきて、俺と一晩限りの関係を持ちかける。俺は人間が好きだ。だから、人間とするセックスならば嫌いじゃない。そうして自分を誤魔化した。
 でも、どれだけ嘘に嘘を重ねても、結局何が本当なのか見失うことはなかった。俺が好きなのはやっぱり新羅で、新羅を抱きたくて、新羅に抱かれたくて、新羅に触れたくて、仕方がない。ああそれを、この男は、あんな化け物を好いた男は知っているのだろうか。
 どうせ伝えても、お前はいつもみたいに笑う。

「ねえ、臨也」

 耳になじむ声だった。その声で、名前を呼ばれると心地がいい。なに、と問いかえす。

「首」

 一瞬自分の部屋にあるアレのことかと思い、ほんの少し心臓が跳ねた。だが指先は俺の首を捉えている。何か、と触れてみるが何もない。新羅は困ったような顔をして言った。

「痕がついてるよ」

 昨日のだ。
 すぐに理解した。あの男はやたらと俺の体に触れたがって、ぎゅうと抱き締めては耳元でうわ言のように言っていたものだ。どこ見てんだよ、と。
 俺はどんな男としても、いつだって新羅を見ている。重ねたりはしない。脳裏に常に、その存在がちらついているだけだ。俺は苦笑した。

「昨日、すごい乱暴にされちゃって。心身共にずたぼろだよ」
「君がねえ」
「なあ新羅」

 俺のそんな姿を見ても、何も言わない。呆れて流すだけだ。そういう乾いたところも好きで、心にじわじわと感情が募ってくる。俺は人間が好きだ。違うところは、いつも心の奥底で新羅だけは求めてしまうということだった。どうしようもない。叶わないことを全体に始まった、どうしようもない恋なのだ。俺がたとえ、中学からずっと君を見ていたのだとしても、それに関わらず。

「慰めてよ」

 俺はこの上なく陳腐な誘い文句を告げた。新羅の顔色は変わらない。返事もない。しん、と室内が静まり返る。うつろな目で新羅を見つめた。
 しばらくして、新羅は俺が想像した通りの笑顔を見せた。

「友達だから、それはできないよ」

 新羅、俺疲れたんだ、君のことが好きなんだ、俺が欲しいのは君だけなんだ、でも君は俺を見ないから、俺のものになってくれないから、俺はどうしたらいいかわからなくて、つらくって、痛くって、いい加減助けてくれよ。言いたいことは山ほどある。それら全部を呑みこんで、俺も笑った。

 だって、どうせ、お前は、俺の気持ちを知っている。知っていて、気づかないふりをして、そう優しく拒絶する。

「そっか」

 コーヒーが苦い。砂糖をもっと入れるべきだ。新羅は俺の好みを知っているはずなのに、おかしいと思った。
 首筋をそっと抑えた。ここにはあの男の痕がある。俺を本気で好いている男の。馬鹿らしい。本気になったら負けなのだ。俺は負けた。勝負の決まっている土俵にわざわざ上がり込んだ。でも別に、好きで好いたわけじゃない。

「コーヒー飲んだら帰りなよね」
「泊めてくれないの?」
「馬鹿言うな」

 でも、そうして知らないふりをする君は、本当に優しい。
 だから好きだ。だから落ちる。だからもう離れられない。君が首のない女を見ているように、俺もずっと君を見つめ続けるのだろう。どうかそれにも気づかないふりをしていてくれ。未来永劫ずっと。
 もし君が本気で俺と向きあったなら、俺は本当に崩れ落ちてしまう。

「新羅、好きだよ」
「はいはい」
「酷いなあ」
「君に言われたくないよ」

 俺の恋は、叶わないことで成就する。
作品名:遠吠え 作家名:あっと