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ジューン・ブライドごっこ

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同室の男があまりにもうっとりした顔をするものだから、思わずたしなめる言葉も忘れて枯れていた。

山茶花も枯れ、八重椿も枯れ、定番の桜の薄桃も落つるところのつまり緑まばゆい初夏である。薫する風の尾を追ってふと見やれば、くっきりとした山の稜線がしたたかに眼をうつのでどうにも、駆けたいような緑に紛れて泣きだしたいような、やりきれない衝動が矢のように過ってしのびない。
おない年の少年たちがまるで日持ちのするちいさな菓子みたいに雑多に詰め込まれた、我々の長屋の我々の部屋の障子はいつものように開け放たれていて、そこからはいかにも同室の彼の性格を謳うような、薬の煎じたあとのにおいがしている。この生々しい薬くささは、善法寺が今部屋にいるという何よりの証だ。
鍛錬に蒸れた頭巾をとって、ついでにきちんと足も拭いて部屋に上がる。巨大なついたてでふたつに区切られた部屋の向こうに、挨拶をしようとしてふたり部屋の彼の区域へと侵入をした食満は、そこで「日常的な、日常的ではない光景」をまたも見てしまったのでものすごく関わりたくない気持ちばかり逸って仕様がない。

同室で同級の善法寺は、――彼はたしかにそこにいて、そうしていつものように笑っていた。彼が室内に散らかしているのは見慣れた薬草類と、それから非日常的な「あれ」であり、だけれど今日はその非日常的な「あれ」の様子がなんだかおかしい。おかしいが気軽につっこめる雰囲気でも勿論ない。「あれ」の頭にはなんだか見慣れない花のようなものが飾られていて、それを簡単にたとえるならばまあ、あれだ、許嫁の頭に恋人の男が飾ってやるような甘ったるい装飾、の、ようなもの(食満はどうしてもあれに対して人間らしい比喩を使いたくない。それはもう断固として)――

「ああ、お帰り。はやかったね」
「……」
「……うん?何?」
「伊作」
「なにかな」
「あんまり聞きたくねえがスルーしたらそのままだろうから聞く。何、してんの、それ」
「ええ、何って。見たら分かると思うんだけど君はたまに私とこの子に失敬だね。これはあれだよ、結婚式ごっこ。もちろん。」

強調したいセンテンスにるびを振るように、彼の発音はくっきりと、得てしてすべて明確である。彼はどこまでも健全で、そして、花が咲くように客観的にうつくしく、笑っている。
それは舌を噛み切りたいくらいに苦しい感情も人を憎むことも不幸にしたいと願う気持ちさえ、まだ知らない人みたいな無垢な笑顔である。人を殺す術を学んでいる学生とはとてもではないけれど思えない。初夏のくんだりとはいえ夏のような暑い日で、善法寺の生来ふわふわとした量の多い髪が、暑気のためかひと房彼の白っぽいうなじにまとわりついている。彼の官能はどうせ彼の愛する無機物にしか作用しない。室内には薬のにおいがして、彼と、自分との、一瞬のうちで奇妙にぐにゃりと歪んでしまったような空間を、切り裂くように善法寺はうふふと笑った。

「花がきれいだったから、って言われたんだ今日。くの一の、まだ小さな女の子に、傷の手当のお礼だとこれをもらった」

彼の手許で咲いているのは、なるほど確かに可憐で無垢な花である。結婚式ごっこをするに最適だと、思う気もちは彼の精神年齢から鑑みて明らかにおかしいものだけれど。
ああ、もう、慣れたとはいえこんなことはめちゃくちゃだ。これが個性ですとひとまとめにしたポートフォリオみたく差し出してみせるなら、彼には薬くささという要素だけで十分だというのに。食満の気持ちに反して、今日もよく喋る善法寺は聞きもしないのに彼自身の幸福について話し続けている。たちの悪い宗教かぶれみたいだと食満は思う。そういえばい組の立花やこいつは、一度心を許した相手に対してはそこらの女子と変わらないくらいによく喋る。
彼の、健全な、くちびるが湿っている気配がした。彼の興奮。彼の奇矯な歪み。六年の面々の中で、最もまっとうそうに見える外面との相反する部分。魅力と言い換えるにはあまりにも躊躇し、敬遠するには親しみが勝つ。つまり食満は、善法寺のそのような趣味について六年も一緒にいて何ひとつ強く言えないのだ。というか彼の趣味について昔指摘したら「私がコーちゃんを好きなのは、君があひるさんボートを好きなのと同じようなものだよ。失礼だな」と言われたことさえあるくらい。

「伊作」
「なに、ってばかり言っているね。今日は君に?」
「ちょっとそれわりと気持ち悪いから見せんな俺に」
「何だいそれ傷つく」
「俺の方が毎日傷ついてるよ、わりと」

白い、無垢な、ちいさな花弁がちらちらと愛情に満ちて揺れている。結婚式ごっこで通常なら、かわいらしい少女の髪の部分に刺されるべきその花の根元が、結わえられているその箇所を泣きたい気持ちで食満は見た。
まばゆいくらいに光に映える白い白い人体の素。頭蓋にできた、そのひびわれから生えた花。

食満の言葉を上手に聞こえないふりをした善法寺の、今懐にかき抱いているのは、見まごうことなき乾いた人骨のそれである。薫する風が、青い緑の快い香を運んで散った。


10.0523
作品名:ジューン・ブライドごっこ 作家名:csk